2015.2.09 (mon)

 

2回裏:4年ぶりの再会



 

2015年1月28日(水)梅田ムジカジャポニカのライブに向けスチョリ&フレンズがリハーサルを始めたのは、まだ年が明けて間もない、正月ボケがまだ覚めやらぬ1月10日だった。


今回ムジカジャポニカに出演したスチョリ&フレンズは、ラリーパパ&カーネギーママのメンバー4人(Vo & P : キム・スチョリ、G : キム・ガンホ、B : 水田十夢、Dr : 辻凡人)による編成。ドラムの辻くんとは実に4年ぶりのライブとなる。僕も相当意気込んでいたが、スチョリ、十夢くんも並々ならぬ意気込みを見せていた。無理もない、合わせてあのパイレーツ・カヌーとのツーマンとなれば普通の摂理だと言える。ライブに向けて今年一発目のリハーサルは重要だ。辻くんとのリハーサルは、彼が東京在住なのでライブ前日しか無い。となれば、大阪組の3人である程度、いやほぼ完璧に近い形にもっていかなくてはならない。数少ないリハーサルは1回たりとも疎かにはできない。

 

そしてリハーサル初日、緊迫したムードのなか、スチョリがきりりとした口調で「今から譜面チェックしよう」と言い、只ならぬ気迫を感じ取った僕と十夢くんはこれに対しこくりと頷いた。僕ら3人はスタジオ内にあるコピー機で新曲の譜面、スチョリと過去に演奏した譜面などをチェック、各自足りてない譜面を申告しコピーする譜面をピックアップする。

 

「これと、あとこれやな」


ある程度まとまったところでコピーを開始して各自開示、チェックする。


「えーと、あれ、これダブってない?はあぁっ!ごめん、この譜面持ってたわぁ…」


「いや、ガンホくんそれで合ってますよ。僕のが何枚かないんす!」


「いや、十夢くんので合ってるて。あれ、ちゃうわ。え、なんでこの譜面2枚コピーしたん?」


「いやいや、スチョリが合ってんねんて。で、なんでこの譜面3枚あるんや?」


と押し問答を繰り返し、2〜3枚のコピーをするのに80円と約20分もの貴重な時間を費やしてしまった。


「僕らろくにコピーも出来ませんやん。めっちゃ終わってますやん!」


十夢くんが眉をハの字にさせながら嘆いた。

 

僕はみんなをフォローするように「大事がある時は自ずと小事がうまくいかないものなのだよ」と自分自身、これ上手くまとめたんじゃね?という発言に酔いしれている刹那、すかさずスチョリが「はぁぁ~、なんか俺ららしいなぁ。こんな小さい事でつまずくて」とため息まじりに吐き捨てた。何故かは解らないが、辺り一面に漂った生温い感覚が僕らを支配していたのを覚えている。


 

とにかく気を取り直して臨んだ3時間に及ぶその日のリハーサルは、スチョリの的確な指示の元それなりに充実したリハーサルになり、フレーズチェックや曲のテンポをある一定のところまで決めることができた。あとは回数を重ねるのみ。僕ら3人はリハーサルをしていくうちに段々とそして着々と日を追うごとに纏まりつつあった。

 

そうこうしているうちにライブ前日、辻くんを交えて最後のリハーサルの日を迎える。辻くんとのリハーサル自体も4年ぶり、過去の記憶、感覚がどれだけ取り戻せるか不安ではあったが、リハーサルが進むにつれ段々と辻くんのドラムが馴染んでいく。やはり辻くんのドラムは落ち着く。ラリーパパ・サウンドの根本を形成しているのは辻くんのドラム無くしては語れないと改めて思った。ライブ前日、緊張と期待が入り混じるリハーサルは無事終了。


これで役者は揃った。


1月28日(水)午後5時会場入り、程なくしてリハーサルが始まり、今日共演するパイレーツ・カヌーの面々が暖かい眼差しでリハーサルをしているステージ上の僕らを見ている。会場の空気はすこぶる穏やかだ。パイレーツ・カヌーもリラックスした感じで僕らと談笑しながらリハーサルをこなしていく。今夜は素晴らしい夜になるに違いない。そんな予感を孕んだリハーサルは終了し、本番1間前を迎える。

 

僕らはちょっとした買い出しがあったのでコンビニに行こうと楽屋から外に出ると、今夜のライヴを今か今かと待ちわびるお客さんがズラリと並んでいた。自然と途轍もないプレッシャーが僕らに襲いかかる。


でも、なんだろう?この懐かしい感覚、緊張感は。


プレッシャーを楽しむと言うとおかしいが、そんな感覚に囚われる。コンビニから楽屋に戻った僕らは各自譜面を開き最終チェックをする。曲の出だし、コーラスなどを確認して、みな譜面にメモやらいろいろ書いていた。僕もギター始まりの曲があったので、セットリスト2曲目に『僕始まり』と書いた。


それを見ていた十夢くんが「ガンホくん、そこ『ギターイン』て書くんちゃいますか?何なんすか、『僕始まり』て。しっかりして下さいよ!」


と、またしても眉をハの字にして嘆く。その瞬間みな爆笑、僕も当事者ながらゲラゲラ笑った。そういえば昔こんなくだらないことでみなして笑ってたなと、またしても懐かしい感覚に囚われる。


そうこうしている内にオッペケペな僕らをよそに芳醇なアコースティック・サウンドと清涼感溢れる歌声が楽屋まで聞こえてきた。トップバッターのパイレーツ・カヌーのライブが満を持して始まったのだ。僕は早速楽屋から出て会場内に向かったのだが、満員御礼の会場内はお客さんで溢れステージを見る隙間も無く残念ではあるが楽屋で聞くこととした。でも流石パイレーツ・カヌー、上質なバンド・サウンドは楽屋からでも確認することができるほど明確な信念を持って演奏をしているのが分かる。

 

スタッカートが効いたタイトなベース・谷口潤氏とセンシティブ且つグルーヴィーなドラム・吉岡孝氏による堅牢なリズム隊。それに沿ってスティール・ギターの岩城一彦君のフレーバーなリフに河野沙羅さんのマンドリンが絶妙なタイミングで入り、しかも確実にベスト・サウンドに導いていく。

 

パイレーツ・カヌーのもう一人のメロディー・メーカー、フィドルの欅夏那子さんが産休の為この日のライブに出演できなかったのは僕自身非常に残念に思ったのだが、サポートで入ったバンドのマネージメントをしている"パイレーツ・カヌーの司令塔”中井大介氏のギターはそれを補って余りある素晴らしい演奏で、ギブソンES-335から発する野太い音色とブルージーでジャジーなギター・サウンドはパイレーツ・カヌーのフレキシブルなスタンスを如実に表していた。もうこの時点で自然と親指が立つのだが、畳み掛けるようにメインボーカルのエリザベス・エタさんの古今東西アメリカ女性シンガー・ソングライターの英知を受け継いだハイパフォーマンスはただただ脱帽するばかりだ。演奏力、ソングライティング、個々のキャラクターどれを取っても「世界水準」であることは疑う余地もない。

 

僕らは本当にこんなバンドを待ちわびていた。今日念願かなって共演できることを改めて誇りに思ったのは言うまでもない。

 

さあ、今度は僕らの出番だ。

みんないい顔してる。

お客さん達も、スチョリ、十夢くん、辻くんも。

 

 

1曲目が始まった。

 

 

そう、奴が作曲した、言わずもがなラリーパパ&カーネギーママ創始者チョウ ・ヒョンレの曲「ふらいと」。スチョリのアタックの強いピアノがセンセーショナルに響く。辻くんの中音域を生かしたファットバックなリズムに合わせ十夢くんのファンキーなベースが踊りだす。僕は胸に込み上げてくる激しく、熱く、なんとも言いがたい感情をスライド・バーに託し弦に滑らせた。


曲が順調に進行していくなか、僕はふと、ぽっかりと空いたステージ中央に視線を傾ける。その視線の先に、顔をやや赤らめながらテレキャスターで絶妙なピッキング・ハーモニクスを弾いてるヒョンレの姿が目に浮かんだ。


前半の3曲が終了、スチョリが意気揚々にしゃべり出す。いい感じのテンションの高さだ。こういう状態のスチョリは強い。スチョリがソロになって思ったのだが、彼は着実に進化している。長年にわたり、いろんな人との出会い、いろんなツアー、レコーディングを通して培った彼のセルフ・プロデュース力は目を見張るものがある。ライブでもラリーパパ時代、内向的だった演奏も、今となっては常にオーディエンスを見据えた演奏になっていて側から見ても頼もしさすら感じる。


ライブは中盤に差し掛かり、”パイレーツ・カヌーのスライド・マスター”岩城一彦君とスチョリ作曲の「終わりの季節に」を演奏する。さすが岩城先生、僅か数分足らずの本番前リハーサルで曲の流れや感覚を捉えていて一つ一つのフレーズが清水を飲むが如く曲に沁み渡る。曲が終わりスチョリが「もう一回この曲やろう」と言うのも頷ける。僕も演奏そっちのけで岩城君のフレーズに対して何度も何度も耳をそばだてたことか。

 

ライブも後半に差し掛かりスチョリ&フレンズの懐刀、マンドリン大間知潤君をゲストに迎え入れる。スチョリの新曲「Brazil Brazil」に合わせて登場した潤君の表情豊かなマンドリンがより一層ライヴを盛り上げる。質の高いフレーズセンスに裏打ちされた潤君のマンドリンがスチョリの曲と程よくシンクロして行く。

 

オーラスの2曲、そしてスチョリ初となるアナログ・7インチシングルに収録された「ダ・ボン(素晴らしき日々)」と「みんなのうた」をラリーパパ4人衆と大間知潤君で構成された豪華布陣で演奏する。やはり「ダ・ボン」は演奏する度に去年行ったロジャー・ティリソンの墓参りを思い出す。今日はそこに辻くんのドラムとベース十夢くんのリズム隊である。各々ロジャーに対する想いを込めて演奏していたのだろう、その想いはひしひしと感じることができる程熱く、僕は涙を堪えるのに必死だった。

 

楽しい時間はあっという間に過ぎる。とうとう最後の曲になった。

 

平日にもかかわらず大勢の方々がお越しくださったことを感謝しつつ、僕らも大いに演奏を楽しみながら、シングル収録曲「みんなのうた」でフィナーレを飾ることになった。演奏が終了し、鳴り止まぬ拍手喝さいに答えてアンコール曲「夢を見ないかい?」をパイレーツ・カヌーのメンバーを交えて演奏する。本当に嬉しいことにパイレーツ・カヌーのメンバー全員ステージに上がってくださったことは言葉に出来ないほど嬉しく思った。ドラムの吉岡氏は持参したネクタイ型のウォッシュボードを首に下げ、沙羅さんと中井氏はマンドリンを、岩城君はもちろんドブロギター、エリザベス・エタさんはコーラスとメンバー各自所定の位置についてくれた。最後にステージに上がってきたベースの谷口氏は焼酎の入ったグラスを片手に登場。


それに対して中井大介氏は「何回も言うけど、それ楽器ちゃうからな」とすかさず突っ込みを入れる。一同爆笑!さぁさぁこれで本当に最後、大団円が今まさに始まろうとしていた…。


本当にいい夜だった。


終わって会場を見渡すと来てくださったお客さん達も満足の表情を浮かべている。僕自身ギターをやっていてこれほど嬉しく思ったことは過去何度あっただろうか…。見に来てくれたシンガー・ソングライターのリーテソン君も「ええ夜やぁ。ほんまにええ夜やぁ」と繰り返してはご機嫌なテンションだった。

 

また今年、是非もう一度パイレーツ・カヌーと共演できることを切に願う。その時はラリーパパ&カーネギーママ5人でお会いできたらこの上なく幸せな限りです。