2015.3.05 (thu)
3回表:映画『NO(ノー)』
NO(ノー)
2012年チリ・アメリカ・メキシコ製作 118分
監督:パブロ・ラライン
脚本:ペドロ・ペイラノ
出演:ガエル・ガルシア・ベルナル
アルフレド・カストロ
アントニア・セヘルス
ルイス・ニェッコ
まずこの映画の舞台になっている1988年ピノチェト政権下、ピノチェトと聞いて僕が思い出すのは、チリのフォルクローレ歌手ビクトル・ハラである。ビクトル・ハラは1970年アジェンデ社会党政権下のチリでもっとも影響力のある歌手として国民的な人気を得ていた。代表曲にソウルフラワーユニオンや様々なミュージシャンがカバーした「平和に生きる権利」や「耕す者の祈り」などがある。彼は1973年のアウグスト・ピノチェト将軍による軍事クーデターで、チリ人民連合系支持者と共にチリ・スタジアム(現ビクトル・ハラ スタジアム)で虐殺された。
このビクトル・ハラを知ったのが、まだ僕が20歳そこそこの時に当時通っていた大阪の心斎橋にあるナンダBARというロックBARで知り合った在日韓国人シンガーソングライターのホン・ヨンウン氏*註1 からだった。
ホンさん曰く、ビクトル・ハラは処刑される寸前、チリ革命歌ベンセ・レーモスを歌ったところ彼のギターを奪い、二度とギターで歌えないよう両手を拳銃で撃ち砕かれ惨殺されたと、僕に教えてくれた。(事実上これは、噂に過ぎなかったが)
「歌うもんは命がけやで、ガンホ」
ホンさんが歌うことの影響力、信念、心構えなど、ほろ酔い加減で僕に話してくれたのを覚えている。上映前にそんなことを思い出し、惜しくも46歳の若さで亡くなったホン・ヨンウン氏の熱き歌が心なしか聞こえてくるような感じがした。
<ストーリー>
1988年チリ、15年続いたピノチェト軍事政権は、独裁を非難する国際世論が高まる中、それを払拭するため政権の信任を問う国民投票を実施することになる。与党ピノチェト派「yes」と野党反ピノチェト派「no」に分かれ、選挙キャンペーン期間の27日間、それぞれ1日15分テレビでCMを放送することが認められた。主人公のフリーの広告マンであるレネは野党「no」陣営にCM制作の依頼を受けることになったが、野党側幹部は彼のポップでウィットに富んだCM制作に難色を示し始めた。
この映画を見始めて真っ先に思ったのが、「映像が懐かしい!」であった。あとでパンフレットを見てわかったのだが、撮影にビンテージカメラとテープを使用していて、カメラは日本のメーカー池上通信機の撮像管カメラ、テープはSONYのU-matic3/4とパンフには書かれていた。
僕はカメラやその周辺機器に関する知識は皆無であるが、僕が幼少時慣れ親しんだ80年代VTR映像そのものだった。作中、当時テレビで流れていた選挙CMをそのまま使っているため、監督であるパブロ・ララインは敢えてこの撮影手法を取り入れた。よって、見ているこちらはCMと映画自体が遜色無く自然に交わっていて違和感無く、まるで当時のチリの報道を見ている感覚になってしまう。言い換えれば、いい感じで生々しくリアルだ。内容も史実に沿った作品なのでこの手法は正解だと思う。
映画の序盤、野党側があらかじめ制作していた選挙CMを主人公レネに見せるシーンがあるのだが、僕はそこでちょっと吹いてしまった。CMの内容があまりにもヘビーだったからだ。重々しい電子音を用いたジングルが流れ、反ピノチェト派集会に参加している人々を警察官が完膚なきまで叩きのめす。
CMの終盤「自由投票へ、noに1票」と締めくくられた。
これを見たレネは「これでは人は動かない」と一蹴する。
続けてレネはこうも言っていた。
「これを見た有権者は怖がって投票に行かない」
確かにそうだ。深夜にそんな重いCMを見たら投票どころか、その日眠りに就くのも儘ならない。それと今までにピノチェト政権下で行われた様々なチリ国民に対する武力的弾圧、人権侵害を連想させ、有権者は萎縮してしまうだろう。レネは敵である与党陣営と味方であるはずの野党側幹部の保守的発想とも戦わなくてはならなくなる。主人公で若き広告マンのレネは祖国を憂いて野党陣営に付いたわけではない。多少はそういった部分もあったかも知れないが、作中にはあまり描かれていなかった。ではなぜ彼は、ましてや与党陣営からの執拗な圧力を受けながらも、このCM制作に固執したのか。
それは彼がプロの広告マンだからだ。
ただそれだけ。
この一点に尽きる。
政治理念や思想などとはかけ離れた、広告マンとしての信念だけで彼は立ち回ったのだ。広告マンの仕事は人心を掴むことだ。ようは消費者のニーズを事前に察知しイメージを植え付ける。選挙戦略面でも同じことが言えると思うのだが、たとえば党や立候補者は政策において必ずタイムリーな事象を掲げる。ベタで例えるなら、エネルギー問題、消費税増減の有無、社会福祉の立て直し、不況脱却、デフレ脱却●●●ミクス、雇用問題、議員歳費の見直し etc。有権者が今望んでいる、欲求、要求、需要を近々に遂行してくれる、叶えてくれる期待感を与えなければならない。
宇宙開発や我が国に於けるロボット工学の推進、振興を全面的にサポート、首都移転計画を速やかに実行など立候補者がほざけば、有権者は「はぁ?」となるだろう。なかには賛同する人もいると思うが(僕を含め)絶対数は少ない。話しを戻して、映画でのレネはそういったリサーチ、モニタリングといったCMで最も重要な根幹を両陣営の中で唯一熟知、理解していたと思う。
レネのCMは国民の心を次第に掴んでいく。1人の若き広告マンが自分が自分のなかで信じている才能で国政が動いた。ネタバレというか史実通りに野党陣営が選挙に勝ち、無血革命が完遂されたのである。映画終盤、レネは同じ野党陣営の党員に勝利を告げられる。圧倒的に野党が不利な状況、彼はこの選挙を鼻から勝つとは思ってなく面を食らったような顔でその党員に「えっ、勝ったの?」と聞き返していたのが印象的だった。
ビクトル・ハラを含めピノチェト政権下で虐殺された多くのチリ国民の無念は、このちょっとC調な広告マンによって晴されるのである。上映が終わり幕が降りると場内で拍手が起こった。
映画『NO』公式サイト
http://www.magichour.co.jp/no/
上映期間や映画館情報などはこちらでご確認ください
*註1 : ホン ヨンウン(洪 栄雄)1957-2003
在日二世のシンガーソングライター、ロッカー。在日の立場からあらゆる角度で戦争や差別、生まれ育った町や恋愛など歌う。これまで3枚のアルバム『俺の街』『雨の朝』『一人町の中で』、ライヴビデオ『歌は風みたいさ』を発表。友部正人、佐渡山豊、石田長生など数々のミュージシャンとの交流を持ち、様々なイベントやライヴを精力的にこなす。2003年、癌のため惜しくも他界。享年46歳。