2015.5.20 (wed)
5回表:月世界音楽の旅 〜 スチョリ最新作『ムーン・カントリー』
スチョリの”筋肉”は柔らかい。
硬く、ただ見せびらかす筋肉ではない体操選手のような可動域が広い筋肉だ。こんなに柔軟になっていたとは…。
筋肉といっても身体の筋肉ではなく、”音楽的筋肉”である。
スチョリの5年ぶり通算3枚目のアルバムである『ムーン・カントリー』を初めて聞いた筆者の率直な感想だった。スチョリがソロになって、はや10年の歳月が過ぎた。その間様々なアーティストと接し培った経験は血肉となり、そして飽く無き探究心が見事に実を結んだ本作は、まさに集大成的作品と言っても過言ではない。
底なしに豊富なポップ・センスとオールド・タイム・ミュージックとの融合、それと今まであまり感じることがなかったブルースやロック的フィーリングも、やはりスチョリの才覚があってこそ、それぞれがぶつかること無くうまく絡み合い、重厚なアルバムに仕上がっている。前回のアルバム『優しい時間』が"静"であれば、今回のアルバム『ムーン・カントリー』は"動"である。
スチョリは繊細且つ綿密な作曲、音作りをモットーとしているが、今作は前作よりさらに多くの音を重ねているものの、前作と引けを取らないきめ細かなアンサンブルと今までにない躍動感溢れる作品となっている。前作に引き続き、今作も音の構成の”核”を担う安宅浩司氏のギター、ペダルスティール、マンドリンに加え、初参加となるキーパーソン的音を紡ぐ山口ゆきのり氏のシャープなハモンド・オルガン、同じく初参加である五野上欽也氏の全体の音と絶妙にシンクロするベース、おなじみ辻凡人の真骨頂とも言うべきアグレッシヴなドラム、それに加えて前述したようにブルース、ロック的フィーリングも踏まえた今作は、スチョリの”動”の凄みを改めて思い知らされる。
ここで簡単ではあるが、曲紹介をいたしましょう。
1曲目から繊細且つ軽快な「月に猫の足あと」に始まり、2曲目「ムーンライト・ワルツ」、3曲目「パレード」と立て続けに上質なポップチューンが出迎える。特に2曲目の「ムーンライト・ワルツ」は筆者のヘビー・ローテーションだ。前半部からサビの部分にあたるメロディー・ラインに繋がる曲構成は見事としか言い様がない。前半のアンニュイなアプローチからあのパンチの効いたサビのメロディー・ラインになる瞬間、なんとも言い難いカタルシスが生まれ、中毒性を孕んだリフレインが心地よく響く。聴き終わった瞬間、歌詞の世界観も含めアルコール飲料のCMに打ってつけの曲だと直感的にイメージしてしまった。(あくまで筆者の勝手なイメージではあるが…)この曲からしてスチョリの音楽に対する柔軟性を顕著に示していると言えよう。
「月に猫の足あと」
「ムーンライト・ワルツ」
アルバム全体の曲構成も注目したい。特に4曲目にあたるクール・ジャズ的アプローチを試みた中盤曲「サンバと夜とやわらかな月」がよりジャンルの幅を広げ、上手くアルバム全体のバランスをとっている。前半のポップ・チューンと一線を画す曲なのは間違いない。こういう丁寧な構成が出来るスチョリの卓越したプロデュース力は感服するばかりだ。アンドウケンジロウ氏のハイセンスなサクスフォンも手伝って「サンバと夜とやわらかな月」はこれからスチョリの代表曲になることだろう。
6曲目の「夏の夜のブルース」にも注目してほしい。いままでスチョリの作品の中で聞くことがなかったブルース・フィーリングが詰まった珍しく土着的な曲になっている。演奏面でも、ドラム辻凡人のグルーヴィーでシンプルなリズムに沿って、安宅氏のペンタトニックを多用したアーシーなギターと厳つささえ感じる山口氏のハモンド・オルガンのアンサンブルがより土着的且つ男臭さを醸し出している。
歌詞にも注目するべき点がある。
一節を紹介しよう。
ギターを手に 街をゆく
どこにいても 同じことさ
光と闇のなかに 答えがあるのなら
戻らない夜
まず昔のスチョリだったら書くことがなかった歌詞の内容である。何故か自暴自棄すら感じさせる歌詞にブルース・フィーリングを感じずにはいられない。歌詞の冒頭「ギターを手に…」となっているが、これまで紆余曲折あったピアノマン、キム・スチョリの音楽人生を如実に表していると思う。様々な経験と音楽に接した時間が新たな息吹きをもたらしたのは間違いない。スチョリからまた新たなジャンルが確立した瞬間とも言えよう。これからもこういった曲が増えると思うと微笑ましく思う。
筆者は応援します。
ブルースマン、スチョリを。
本作『ムーン・カントリー』の制作にあたって、先日リリースしたアナログ・7インチシングル『みんなのうたEP』の存在は言わずもがな無視することはできない。そもそもこのシングル・リリース無くして本作の完成は皆無であったのは想像に難しくない。
特にバックバンドを務めた、日本ニューオーリンズ・ジャズ界の雄「ザ・ハイタイムローラーズ」の存在は計り知れないほど大きい。老練なプレイヤーで構成されたザ・ハイタイムローラーズとスチョリの卓越したポップ・センスが見事に融合した「みんなのうた」と「ダ・ボン-素晴らしき日々-」はこのアルバムの最重要曲である。特に筆者が去年書いたタルサ日記が元になった「ダ・ボン-素晴らしき日々-」はスチョリの故ロジャー・ティリソンに対する底深い想いが溢れている曲だ。
ダ・ボン ダ・ボン 鐘が鳴る
君の生きた街がある
ダ・ボン ダ・ボン あの木の下まで
もう少し歩こうか
ロジャーとの出会いは10年経った今も僕達に影響を与え続けてくれている。こうしてスチョリが曲を作ったのもそうだが、駄文ではあるが筆者も文章を書き続けているのは、ロジャーの墓参り無くして有り得ない。見えない力というか、天国にいるロジャーが後押ししてくれているような、そんな気がしてならない。ロジャーも天国で完成をきっと祝福していると思う。
渾身の作『ムーン・カントリー』はこれまでにない新たな可能性を示していると思う。これからもスチョリは、飽くなき音楽探訪の旅を続けることでしょう。
映画「月世界旅行」の弾丸のような宇宙船に乗って、果てしなく、遠く、遠くへ…