2017.09.03 sun

 

 

**第3章:マンダレイ・ベイ・ホテルの再会**

 

 

バージニア州アーリントン群 アメリカ国防総省 

 

「やぁ、久しぶりだなルパード。元気だったかね」

 

アーミーグリーンの制服にリボンラックが五段の略綬をつけた老士官が朗らかに笑いながら、自分のオフィスにルパードを招き入れた。

 

「フランク大尉も、お元気そうで何よりです」

 

ルパードは慣れ親しんだ様子で、久方ぶりのフランクとの再会を喜んだ。

 

「大尉はよしてくれ。もうノルマンディー以来、私をそう呼ぶ人間はいないよ」

 

フランクは第二次大戦の戦友で部下でもあるルパードのジョークめいた挨拶にいささか照れながらも、握手をしお互い肩を抱き合った。

 

「これは失礼しました、中将。しかしこうしてお会いするのは、私がFBIに入った年に家族でご自宅にお邪魔して以来になりますかな?」

 

「ああ、もうそうなるか」

 

フランクがオフィス中央へ、戦場で負った古傷が残る右足を引きずるように歩き、ソファーに腰を下ろすと向かいあったルパードにも座るよう促した。

 

「なにか飲むかね?」

 

「いや、けっこうです。ところでフランク中将、例の捜査報告書には目を通していただけましたか?」

 

フランクの表情が少し険しいものになった。

 

「ああ、一通り読ませてもらったよ。しかし<ARPA>のことは今一つ解らんのだよ。なにせ畑ちがいなもんでな」

 

「アーパですか?」

 

ルパードは聞き慣れない名称に少し首をひねった。

 

「そう、君が送ってきてくれた報告書にはアメリカ国防高等研究計画局となっているが、私らは略称の<アーパ>と呼んでいるよ。組織概要は記載されている通りだがね」

 

「ええ、最先端科学技術の軍事転用を主に研究する機関ですな。恥ずかしながら、この案件が浮上するまで私自身、その存在を知る術はありませんでした」

 

ルパードは軽く首を揉みながら慎重に言葉を選び話を続けた。

 

「あの、大変申し上げにくいのですが中将、その報告書に書いてある通り、CIAからの情報筋によるとアーパの研究員数名と南米の麻薬カルテルが接触を計ったと記載されていますが、その接触した研究員のなかに中将のご子息の名が挙がっていまして、出来れば中将から何らかの情報を引き出せないかと思い来た次第です」

 

ルパードは申し訳ない様子でうつむき、訪問の真意を語った。

 

「ああ、言わんとしている事はだいたい察しはつくよ、だいたいは...」

 

フランクは両手を肘掛けに置いてソファーに深く座り直すと深い息をつき、そして天井をじっと見据え重い口を開いた。

 

「私は倅に一端の軍人になってほしいと常々願っていた。だが、あいつはそれに反発するように大学の進学を境に家を出て以来便りもよこさない。倅とは10年以上音信不通の状態なんだよ。私が知らない間にまさかアーパの研究員になっていたとは思ってもみなかった。知らなくて当然か、アーパの部局はペンタゴンに置かれているのだが、倅は何処かの研究施設で働いていて会うことはまず無い。特に倅が所属している研究部門は機密性の高い分野なのか、一体なんの研究をしているのか全く検討がつかないのが現状だ。それが証拠に、報告書を見た私も取り乱してアーパに確認を迫ったのだが、知らぬ存ぜぬの一点張りで倅の所在を明かそうとしない。自分の息子が犯罪組織と関わろうとしている時に、それをこの手で咎められないとは…。ルパード、私もとうとう地に落ちたということだ」

 

フランクは組んだ両手に額を預け、目を瞑りうなだれた。

 

「心中お察しします。わたしも出来る限り内密に動いてはいますが中将、この件がフーバー長官の耳に入るのも時間の問題かと思われます。CIAからの情報も、かつてあなたの部下であったトニー曹長が密かに掴んだ情報で、いつまで情報開示を引き延ばせるか解りません。今のところ確証はありませんが、中将のご子息が何らかの犯罪に手を染めようとしている事実は覆ることはありません。ですが何とか水際で阻止する事で罪が軽減されることを、私とトニーは切に願っているのです」

 

ルパードは強い眼差しでフランクを見つめた。

 

「ああ、二人には本当に感謝しているよ。私の今まで築き上げた地位など、もうどうなっても構わない。ルパード、私を親バカと罵ってくれ」

 

「いや、私も子を持つ身です。中将の気持ちは痛いほどよくわかります。私もトニーもあなたに幾度となく命を救っていただきました。これぐらいのことはやって当たり前ですよ。しかし繰り返すようですが中将、接触している組織が組織なだけにご子息の安否も心配です。一刻を争う事態には変わりないことをご了承ください」

 

ルパードはフランクの組んでいた両手にそっと手を添え語りかけた。

 

「ああルパード、本当にありがとう!」

 

フランクはその場で泣き崩れた。

 

「私に任せてください、フランク・K・ディック大尉」

 

*****

 

アルが運転するラリーパパ&カーネギーママ一行を乗せたモスグリーンのトヨタハイエースH20系がアマルゴーサ砂漠を快走する。しかしそれは、まったく意志や目的を持たないあやふやな、あたかも濁流に身を任せ真っ直ぐに流される落葉にも見え、それを表すように車内は流麗なギターリフと不確かな歌詞と共にグレイトフル・デッドの「チャイナ・キャット・サンフラワー」がカーラジオから流れていた。やっと未舗装路から舗装された国道らしき道に出たが、砂漠のど真ん中を走っているのは依然変わらず、遠くで見えるシエラネバダ山脈の不規則で禍々しい稜線が門前払いをするように立ちふさがり、まったくもって日本の風景とはほど遠い体を成していた。

 

「ルールールルル~ルールールルル~、ルールルル~ルルル~ルーさんはいっ!」

 

アルが声を張り上げ「夜明けのスキャット」のスキャットを復唱するよう煽っている。

 

「ル、ルルールルル~ルル、ルルル~」

 

「おいアル、もうそれやめろ!デッド聞こえんやろ。おまえらもおまえらや。なにやっとんねん」

 

「だって、アルがこれ繰り返したら涼しくなるいうから。チョーくんも一緒にどう?」

 

辻がうだる暑さで不機嫌なヒョンレに同調を求めた。

 

「ほんでボン、涼しなったか?」

 

「いや、全然」

 

「やろうな!だからやめろ」

 

ヒョンレがあきれた様子で辻を正した。

 

「ところでアル、そろそろガソリンやばないか?所々納屋とか見え始めてるから市街地も近いやろ」

 

「いやチョーさん、それがまだみたいやねん。とりあえず地図によると、あとしばらくはこの状態続くと思うよ。あっ、トムどん、これみんなに回したって」

 

十夢はアルから手渡された水筒に口をつけ軽く水を含むと、後部座席のスチョリに手渡した。

 

「しゃあけど暑いな。なんでこんなに暑いねん」

 

スチョリが回ってきた水筒を持ちながら、アルに尋常じゃない暑さの理由を聞いた。

 

「ここら辺て確かデスバレー付近やから無理もないよ。学校で習ったけど、真夏は40度後半になるのはざらやしね。湿度も低いから喉も乾くし。でもこの時期は、まだましやろうとは思うよ」

 

アルが知っている限りの、この地域の気候を説明した。

 

「そろそろガスステーションくらい出てきてもおかしないんやけどな。と言ってるそばで、あれひょっとしたらひょっとするで」

 



 

アルが発見したのは、もう何度も道中で見かけた木造納屋のようだったが、敷地内と思わしき所に赤い給油機と軒先に白地の中央に赤い星印が描かれたテキサコの丸看板がぶら下がっていて、それを見たアル以外のメンバーも給油所らしき場所だとほぼ確信した。

 

「ほいほい、やっと文明を感じる場所に出くわしたな。ほなあそこでガス入れて休憩といきましょか」

 

アルが軽妙にそう言うと、給油所に急ぐように少しばかりアクセルを踏み込んだ。そしてしばらくして給油所に近づいたワゴンは、ゆっくりと給油機と平行になるよう停まった。

 

「ほな誰かガス入れといてもらえまっか。ワシは金払いにいきますわ」

 

アルは車を出てそそくさと納屋に向かい、胸までの高さのスイングドアを開けた。

 

木戸は蝶番がバカになっているのか、キィーッと木製特有の軋む音を立てた。

 

「Excuse Me!」

 

アルは給油所を兼ねた雑貨屋と思わしき店内で人を呼ぶと、よれよれのネルシャツを着た老人が奥からよろよろと出てきた。

 

「なにか用かね」

 

「今ガス満タンに入れてるんで。あとコーラー7本もらうわ。ここに金置いとくさかい、釣りはいらへんよ」

 

アルは皺だらけの50ドル紙幣を老店員に見せレジカウンターに置き、冷蔵庫から瓶のコーラーを取り出し一本ずつ栓をを抜いた。

 

「あと電話借りたいんやけど」

 

「ああ、いま電話は故障で使えないんだよ。すまないが隣のロブの食堂で借りてくれ。それにしてもあんた、すごい訛だな」

 

「ほっといてんか」

 

アルが一言そう言うと半分朽ちかけている木戸をコーラーを持ちながら肘で開けた。

 

「ちょっと隣の店行って実家に電話してくるわ。これ、ワシのおごり」

 

店先から出てきたアルが、指先に挟んだコーラーの瓶を車から降りていたみなに一人ずつ取るよう差し出した。

 

「アル、ところでガソリン代いくらやった?」

 

篤がガソリン代を立て替えたアルに代金を聞いた。

 

「あっつん、ここはワシが払っとくわ。乗せてもうてる身分やし、私も鬼じゃないんだから」

 

「あ、ありがとう。じゃあお言葉に甘えて」

 

「ほなみなさん、ちょっと待っててな」

 

アルが<Rob Soaked Desert Diner>(ロブのすぶ濡れ砂漠食堂)と電飾が施してある看板を掲げた隣の畜舎のような建物に向かい、木造の階段ポーチを上がって店内に入っていった。

 

「Excuse Me!」

 

店員を呼んだアルは、ぐるっと一回り店内を見渡した。建物内は以外と広く木目の丸テーブルがいくつも並べられていて、テーブル上に同じ木目の椅子が整然と上がっていた。どうも開店前のようだ。

 

「Excuse Me!!」

 

アルがもう一度店員を呼ぶとバーカウンター奥の調理場から、茶色のギンガムチェックのシャツにエプロンを掛けた頭髪の薄い店員らしき男が現れた。

 

「一回呼べば分かる。なにか用か?」

 

「ああ、ちょっと電話を借りたいんやけど」

 

アルの言葉を聞いた店員はカウンター際の壁に掛けてある古びた電話を不機嫌そうに指し、また調理場へと戻って行った。その態度に少し苛ついたのか、アルは調理場に戻る男の頭部をじっと見つめ25セントコインとコーラーの瓶をわざと音が出るようにバーカウンターに置いた。アルは受話器を取り電話のダイヤルを回した。コールが二回ほど鳴り電話がつながる。

 

「ミレニアム・ビルトモアホテルです。いかがなご用件でしょうか?」

 

ホテルのフロントマンの丁寧な受け答えが聞こえてきた。

 

「1122号室のルース・キャリガンにつなげてくれへんか」

 

「かしこまりました。少々お待ちを」

 

しばらくすると受話器から女性の声が聞こえてきた。

 

「Hello!」

 

「おう、ルースか?ワシや」

 

「アル、アルなのね?今どこに居るの?」

 

「運が良いことに基地から出てすぐヒッチハイクに成功した。今日本から来たバンドのツアー車に乗せてもらってカルフォルニアの州境らへんや」

 

「日本から来たバンド?その人達大丈夫なの?」

 

「ああ、道もようわからん、そこら辺の観光客と同じや」

 

「ええ、そうなのね。ところでアル、こうして聞くとあなた凄く訛っているわね」

 

「ほっといてんか。ところでハーマーの足取りは掴めたか」

 

「いや、それがまだこれといった情報は掴めてないのよ。とにかく今日はこっちに来ないほうがいいわ。もう組織の人間も来ていると思うし、明日の夜またホテルに電話ちょうだい」

 

ルースの声は少し焦った様子だった。

 

「よっしゃわかった。ほなまた明日」

 

アルが電話を終えると同時に店のドアが開き、ビールケースを持ったもう一人の店員らしき男が入ってきた。

 

「よう!アルヴィンじいさんの店の前に停めている、楽器を積んだワゴン車はあんたのかい!」

 

男はアルがワゴンの所有者なのか聞いてきた。

 

「いや、ちゃうよ。ワシはヒッチハイカーや」

 

「じゃあ、給油機でたむろしている東洋人のワゴンだな。ところであんたらミュージシャンかい?」

 

「いや、ワシはちゃうけど、あいつらは日本からきたバンドや」

 

「ほーん、で今日の予定は?」

 

「詳しい予定はわからんけど、確かロサンゼルスに向かってるて言うてたな。今日はしばらく走って適当に国道沿いのモーテルで泊まるんとちゃうか?」

 

「そうなのかい。おーい、ロブ!今日デイビッドのバンドが出演出来なくなったって言ってたな?どうだい、代わりのバンドが見つかりそうなんだが」

 

奥の調理場からエプロンで手を拭きながらロブが出てきた。

 

そしてどうでもいい様子で「勝手にしろ!」と一言面倒そうに蚊を払う手つきで手を振り、また調理場へと戻っていった。

 

「どうだい今日の夜ライブをやらないか?ギャラは売り上げを店と折半で...」

 

 

*****

 

「どうや、携帯つながるか?」

 

ヒョンレがみなに携帯の電波の状況を確認していた。

 

「やっぱり圏外みたいやな。まだ市街地じゃないからやろ」

 

ガンホがスマホを右に左にスワイプする。

 

「おーい、みんな!」

 

アルが勢いよく給油機の方に向かって走ってきた。

 

「あかん、みんな隠せ」

 

スチョリが咄嗟に携帯をアルに気づかれないよう隠せと注意した。

 

「お、みんな手鏡なんか見て。やっぱり人前にでる人は違うな。特にトムどんはちり毛やし、気になるもんな」

 

「うん、もの凄く気になる!やかましいわ!」

 

十夢は必死におどけて携帯の存在をアルから誤魔化した。

 

「そうそう、それよりロサンゼルスには急いでる?電話借りた店で今日の夜ライヴやらんか言われたんやけど。ワシもみんなの演奏聞きたいねん。あっつんどない?ギャラもええと思うよ。飯も出す言うてるし。どう、どう、どう!」

 

アルは少し興奮気味だったのか、誰かが口を挟む間もなく矢継ぎ早にまくし立てた。

 

「え、ええ!いや、急に言われても...」

 

マネージャーの篤はほとほと困り果てた様子だった。

 



 

ネバダ州ラスベガス マンダレイ・ベイ・ホテル

 

「Hey, Roger!」

 

つばの広いニューヨークハットをかぶり、目が窪みがちで口周りや頬にびっしりと髭を蓄えた男がホテルの一室に入ってきた。

 

「Hey, Levon!」

 

部屋に入ってきた男の名を呼ぶと、ロジャーは惜しみない笑顔で迎え抱きしめた。

 

「いや、久しぶりだなロジャー、元気だったか?その白いウェスタンシャツも、相変わらずばっちり似合ってるぜ」    

 

「ああ、ありがとう!リヴォンこそ相変わらずだな」

 

リヴォンはソファーで仰向けに寝そべって本を読んでいる、長い黒髪をだらんと下げた、褐色の肌をした男にも声をかけた。

 

「よお、ジェシ!お前も久しぶりだな」

 

「おう、リヴォン」

 

リヴォンの挨拶に対しジェシは全く目もくれず、そのまま本を読みながら気怠い態度で返した。

 

「なんだ久しぶりに会ったのに連れない奴だな。もうちょっと愛想良くできんか。俺の方が歳もキャリアも上なんだから、もう少し敬意をはらったらどうなんだ」

 

「ちっ、うるせぇな」

 

ジェシは鬱陶しい様子で舌打ちをして、リヴォンに背を向けるように寝返りをうった。

 

「なんだその態度は!おう!ジェシ、立て」

 

リヴォンはドスの利いた声でジェシに立つように言った。

 

「な、なんだよ」

 

ジェシは怒号を発した方に振り向いた。

 

「いいから立て。立てと言っているんだ!」

 

ジェシは読んでいたジョン・トゥルーデルの詩集をテーブルに置き、ソファに手をついて起きあがった。

 

「ジェシこっちへ来い!」

 

起きあがったジェシが、ゆっくりとリヴォンの方に向かう。ロジャーはツアー初日でメンバー間の軋轢が生まれることに気が気でなかったが、自分が口を挟んだら余計に事態が拗れるのを恐れ、ことの成り行きをじっと見守るしか出来ずにいた。

 

「両手を広げろ」

 

ジェシは困惑している。

 

「いいから両手を広げろ!」

 

両手を広げたジェシはこの時点で一発二発の拳を覚悟し目を瞑った。

 

「ジェシ!」

 

「何だよ?」

 

「ハグだ!」

 

リヴォンはそう言うと、いきなりジェシを強く抱きしめた。

 

「久しぶりじゃないか、このぉ!我が心のネイティヴ・アメリカン・ヒーローよ!」

(やっぱりこいつ...面倒くさい)

 

ジェシは真正面を見据え抱きしめもせず、ただ両手を広げていた。

 

「あ、あのリヴォン、今回のツアーをサポートしてくれるベースのビフ・ロッドとピアノのラルフ・ネイサンだ」

 

ロジャーがジェシの向かいのソファーに座っていたツアーメンバーを紹介した。

 

「やあリヴォン!会えてうれしいよ」

 

「ああ、一緒にツアー出来るなんて本当に夢のようだ。よろしく頼むよ」

 

ソファから立ち上がりリヴォンのそばまで行った二人は、少し興奮気味にリヴォンに挨拶した。

 

「これはこれは我が同志諸君よ、こちらこそよろしく頼むぜ!」

 

リヴォンはそう言うと二人の間に入り、頬をよせて同時に抱きしめた。その様子を見たロジャーとジェシはお互い目を合わせて肩をすくめ、やれやれといった感じで手を上げた。

 

「そうだっ!これ見てくれよ」

 

リヴォンはズボンの腹から回転式拳銃を出した。

 

「ダーティー・ハリーも愛用しているS&WM29だ。銃身は映画のより短いが威力は抜群だぜ」

 

「おいリヴォン!こんな所でそんなの出すんじゃない」

 

ロジャーは少し語気を強めてリヴォンに注意した。

 

「そんなもんズボンに入れっぱなしでドラム叩くんじゃないだろうな?足が吹っ飛んでも知らねえぞ」

 

ジェシも呆れた様子でリヴォンを注意した。

 

「そんな頓馬なことはしないさ。このご時世いろいろ物騒だろ、だからこれで皆を守ってやるから安心しろ!」

 

「ああ、ありがたくて涙がでるね。だけどよう、そんな物騒なもん使わず済むのに越したことはないぜ。兎に角扱いには気をつけろよ」

 

「心配するなジェシ、そこは心得ている。ところでケイはまだか?もう着いてもいい頃なんだが」

 

リヴォンが拳銃をズボンにねじ込みホテルの壁掛け時計を見ながら、遅れているケイを焦れったく思っていた。しかし焦燥感に駆られるリヴォンをよそに、すぐさま部屋のチャイムが鳴る。ロジャーが部屋のドアを開けるとショートカットの溌剌とした、ニューヨークメッツのラグランシャツにジーンズ姿のまだあどけなさが残る20代前半の女性が現れた。

 

「あら、ロジャーお久しぶりね!元気だった?」

 

「ああ、元気だよ。ケイ、会えてうれしいよ!」

 

ロジャーはケイの両頬に軽くキスをして抱きしめた。

 

「やあ、ケイじゃないか!元気だったか?」

 

ジェシは直ぐにケイのそばまで行き抱きしめる。

 

「おいジェシ、俺の時と随分態度が違うな」

 

リヴォンは嫌みたらしくジェシに言った。

 

「そちらのお二人は初めましてよね。ケイ・コーツよ。今回のツアーよろしくね!」

 

「ああ、初めまして。僕はピアノのラルフ、隣がベースのビフ、よろしく!」

 

ラルフとビフもケイのそばまで行き握手をした。

 

「俺が呼んだライターの卵であるケイ女史は、今回取材を兼ねて俺たちのロードマネージャーをしてくれる。いやでも男臭い車の中だ、そこに一輪の花を添えた俺に感謝しろよ」

 

「偉そうに、また...」

 

ジェシはリヴォンの講釈にけちをつけた。

 

「ジェシ、なんか言ったか?」

 

「いや、別に」

 

ジェシは明後日の方を見て、さっきの発言を無いことにした。

 

「一流のミュージシャンがこれだけ集まってどんなライヴになるのか、本当に楽しみでたまらないわ。それに車でライヴツアーを周るなんて初めてだし、今からわくわくしてる。兎に角みんなよろしくね!」

 

ケイの朗らかな言葉で、今までの殺伐とした雰囲気が幾分か和らいだようだった。

 

「今日はこのホテルのハウス・オブ・ブルースでツアー初日のライヴだ。ロジャーのファーストアルバムもリリースして間もないが、今日のライヴが今回のツアーでもっとも重要な位置づけとなることは間違いないだろう。みな心して今日のライヴに臨むように」

 

「偉そうに、また...」

 

ジェシが再びリヴォンの講釈にけちをつけた。

 

「ジェシ、さっきからなにをボソボソ言っているんだ?」

 

「へいへい、ボス。気合い入れてギター弾きますよ」

 

ジェシがもういいと言わんばかりに、適当に返事をした。

 

「みんな今晩よろしく頼むよ。俺もみんなと演奏できるのが凄く楽しみだ。ジェシ、君の尽力でこれだけのミュージシャンを集めることができた。本当に感謝してやまないよ。リヴォン、また昔みたいに一発かましてくれ。ラルフもビフもアルバム制作に引き続き今回のツアーもよろしく頼む。俺たちをしっかり支えてくれ。みな集まってくれて本当にありがとう!じゃあ、そろそろ時間だ。ツアー一発目のライヴといこうか」

 

青い瞳を潤ませながらロジャーがみなに感謝の気持ちを伝えると左手でテンガロンハットを緑鬢が隠れるまで深く被った。今夜、伝説の男たちのライヴツアーが、今まさに始まろうとしていた。

 

 

(つづく)