2018.04.18 wed

 

 

**第9章:俺たちに明日はない**

 

 

「はい、ハンター・S・トンプソンは、2005年に67歳で自ら命を絶ってこの世を去りました」

 

篤はメンバーひとりひとりに目をやり重く語りかけた。

 

「いま2016年やったら、こうやって死んだ人間が現れますか?ほんで2005年67歳で亡くなってるんです。みんな、あの男を見てどう思います?60代後半に見えますか?」

 

篤は目配せをして、みなの視線を男の方へと誘った。

 

「た、確かに。どうみても60代後半には見えんな。いって40代にしか見えんわ」

 

ガンホは男を見ながら頷いた。

 

「ですよね。どう見ても60代には見えないですよね。そしてハンター・S・トンプソンがこの店に現れて、ここの客は特別な反応をしなかった。あのアルでさえ...ぼくの、あくまでぼくの推測なんですが、ハンター・S・トンプソンはまだブレイク前、ということは『ラスベガスをやっつけろ』の執筆前、もしくは出版前だと思います。それを踏まえ逆算すると、やはり今70年代前半だと判断していいと思うんです」

 

「あの話は...ステーキ持ってきた店員が言うとった...俺らに散弾銃向けたおっさんの弟がベトナムで死んだって。あれはベトナム戦争で死んだってことを俺らに言いたかったんか?」

 

ヒョンレは篤の推測に補足を付け足すようにカフが話した内容をみなに話した。

 

「ぼくはチョウ君ほど英語は堪能じゃないんですが、確かにあの店員がそんなこと言ってましたね。今こうやって振り返ると、あれはベトナム戦争のことだと思って間違いないです」

 

篤はヒョンレに向かって深く頷く。

 

「じゃあ、キャロルの太極拳を見て思わず中国に留学してたことを口走ってしまったんやけど。それ聞いてたアルが、まだアメリカと中国は国交を結んでない言うとったんや。ということは...」

 

ヒョンレは悔いるように顔をしかめた。

 

「確かアメリカと中国が国交を結ぶのは1972年やったんやないか?その後続くように日本は田中角栄が中国に訪問して、ほんで手みやげにパンダを日本に持って帰ったんやなかったっけ?」

 

ガンホは真相を明らかにしたいのか焦ってぶっきらぼうな言い方だった。

 

「えっ、田中角栄がパンダ抱きかかえて一緒に帰ってきたんすか?」

 

十夢が焦っているガンホとは裏腹に頓馬な質問をぶつける。

 

「ちゃう!それは言葉の綾であって。誰がパンダ抱えてタラップ降りるやつおんねん...プッ、でも、なんか想像したらおもろいな」

 

「十夢くん、ガンホくん!」

 

篤はガンホと十夢の戯れ言を注意した。

 

「すまん、あっちゃん」

 

「あっちゃん、ごめん」

 

二人はうなだれて篤に謝った。

 

「.........」

 

「クックッ!でも、想像したらそれおもろいな。あの強面の田中角栄がパンダ抱えて飛行機から降りてくるねんで。そらだれかて笑うわな」

 

ヒョンレが笑いのツボにはまったのか、さっきのガンホと十夢の戯れ言を蒸し返した。

 

「ハハハハハハッ!」

 

深刻な話をしているさなか篤以外のメンバーが無神経に笑い出した。

 

「ええ加減にしてください!みんな自分が置かれている状況わかってるんですか!」

 

「す、すいません...」

 

篤の一喝でみな深く肩を落とした。篤が真剣な眼差しで語り出した。

 

「アルが現れてから僕らで話合ったんて、ものの10分程度でしたよね。ほんでその後スルスルとアルに言われるがままに行動してもうて。でもあのとき、チョウ君の言う通りアルをほっぽりだしてたら、僕ら今頃あの砂漠で野たれ死んでましたよ。想像してください。いま1971年、この中の誰一人としてまだ生まれてもないんですよ。つまりこの世界で僕らは存在していないということになるんです。いま持ってる免許証や保険証の類も、自分を証明するものは何一つ持ってないんです。現金やクレジットカードにいたっては、もう言わんでも解ると思いますが...」

 

「じゃ、じゃあ携帯やスマホで確認することも、もう出来んということか...」

 

「はい、チョウくんが提案した携帯での確認もこれで絶望的かと...」

 

篤の一言でみな一斉に血の気が引き呆然としながらあたりを見渡した。事態を把握したメンバーは誰一人口を開こうとしない。

 

「.........」

 

「ん、んなあほな。ちがう、今日は2016年5月8日や。あんとき、確かに、もしここが”1971年やったら”て言うた。でも......んなあほな話あるかい!」

 

取り乱したスチョリがスマートフォンをとりだし、むやみやたら画面をタップした。

 

「ス、スチョリ、なにやってんねん!」

 

向かいのガンホが手を伸ばし、スチョリのスマートフォンを強引につかみ取った。

 

「ガンホ、か、返せ...それで家族に電話するんや。きっと、きっとつながるはずなんや。た、頼む...」

 

「あかん、こんな大勢おるところで...」

 

ガンホは不安な顔をしながらあたりを見渡し、すぐさまスチョリのスマートフォンをジーンズの右ポケットにねじ込んだ。

 

「返せ!返せ言うとるやろガンホ!」

 

普段もの静かなスチョリが声をあらげガンホを恫喝する。

 

「あかん、これで俺らが未来から来たってバレたらえらい騒ぎになる。絶対に渡せん!」

 

ガンホはスチョリの恫喝に反発するように、スチョリをキッと睨んだ。

 

「ふたり...ふたりともやめてください」

 

篤が顔を伏せ重い口調で二人を注意した。

 

「返せ...ガンホ!」

 

「あかん!」

 

二人の激しいやり合いをメンバーは止めるでもなく黙りこくる。

 

「ふたりとも、うう...ふたりとも...」

 

篤が突然しくしくと泣き出した。

 

「あ、あっちゃん」

 

激しくやりあっていたスチョリとガンホが篤の異変に気づいたのか、重く肩を落としうつむく篤に目がいった。篤はおもむろに顔をあげてメンバーひとりひとりを見渡し、子供のように手の甲で涙を拭って鼻を啜り、声を震わせながら語り出した。

 

「ぼく...ぼく今日のライブ見て、ほんまマネージャーやっててよかったと心底思ったんです。ぼくは歌も歌えないし楽器も弾けません。でもぼく、みんなと一緒にステージに上がってる、みんなのええ演奏聴いてたら不思議とそんな気持ちになるんです。ほんまにぼくが追い求めてた音楽をかわりにやってくれてると、そんな思いが強くなるほどぼくもステージに上がってる錯覚に陥るんです。みんなのええライブを見てたらなにもかも忘れてただただ音に身を委ねていられる、そんな特別な時間を与えてくれるんです。それはなにものにも代え難いぼくの宝物なんです。こないなって思ったんですが、ぼくの今時点の存在意義はラリーパパのマネージャーであること、こうなった状況でも誇りを持って言えるんです。ぼくはラリーパパ&カーネギーママのマネージャーやと恥じることなく面とむかってすべての人に対して堂々と言えるんです!」

 

「.........」

 

篤の熱い言葉にメンバーは返す言葉がみつからない。

 

「せや、もうこうなったら俺らの存在意義はもうバンドしかないんや...」

 

ヒョンレがおもむろに口を開いた。

 

「.........」

 



 

「ところで君は彼らのマネージメントをしているのかい?」

 

向かえの席に座ったハンターがアルに質問した。

 

「ハンターはん、マネージメントしてんのはあの席におる野球帽かぶってる兄ちゃんや。でも、まぁ、強いて言えばワシはマネージャー補佐かな。今日のライブもワシが取り付けたみたいなもんやから」

 

アルはただのヒッチハイカーの分際なのに自分がバンドのマネージメントに関わっていると平然とハンターに嘯いた。

 

「そうか、じゃあ彼らに代わって聞いてもらえないか。ところで君は、ローリング・ストーン誌という大衆雑誌は知っているかね?」

 

ハンターは先ほど吸引した麻酔用エーテルの酩酊をひきずるように、倦怠感を露わにしながらアルに語りかける。

 

「はぁ、なんとなく...キオスクの雑誌棚においてあるのを何度かみかけたくらいは……」

 

アルは鼻したの髭をいじりながら雑誌の存在を知っているのか知らないのか、あやふやな態度で答えた。それを聞いたハンターは勝手にアルが認知していると踏んで、うれしさのあまり身を乗り出してまくし立てる。

 

「そうか!なら話ははやいな。わたしは名刺のとおりフリーのジャーナリストをしている。ニューヨーク・タイムス、ワシントン・ポストにも記事を書いているが、そのうちの一つにローリング・ストーン誌も得意先のひとつとなっている。その創業者のひとりヤン・ウェナーと組んで近々ロング・ビーチで野外ロックコンサートを開催する。だが、一組ギャラの交渉が難航していて枠が空きそうなんだ。まぁロクなアーティストじゃないんで、こちらから願い下げなんだがね。しかしタイムテーブルに空白が出来るのはどうもよろしくない。そこでだ......」

 

ハンターの瞳孔がカッと開いた。

 

「......君らに出演を依頼したいんだが。ギャラは小切手で前金1500ドル払う。出演者も豪華だ。グレイトフル・デッド、キャロル・キング、リッチー・ヘヴンス、アル・クーパー、マイク・ブルームフィールド、ジェファーソン・エアプレイン、リトル・フィート、スライ&ザ・ファミリーストーン etc。これだけのアーティストが出演するんだ、会場のキャパシティも10万人規模で行われる。どうだい、彼らの日本でのキャリアは知らないが、決してマイナスにはならないし好条件だと思う。急な話だが、この場で返事をもらいたい。どうだい、彼らにこのことを伝えてくれないか」

 

アルは身震いしている。

 

「ハンターはん、それ、ほんまでっか?......い、いや、これ聞いたら、みんなビックリするで!」

 

アルは慌てて席から立ち、壁際の席に陣取るラリーパパ&カーネギーママのメンバーのほうへ駆けていった。

 

「みんな!」

 

アルがあまりの興奮で息を切らしている。しかしアルが呼んでも誰一人振り向かず、肩を落とし顔を伏せている。

 

「み、みんな?」

 

アルは何かとてつもない殺気めいたものを感じた。

 

「み......」

 

アルが言葉を詰まらせる。

 

「......なんや?」

 

ヒョンレがゆっくりと顔をあげアルを睨んだ。

 

「チョ、チョーさん?」

 

アルは鬼気迫るヒョンレの一言にたじろいだ。

 

「あの......ハンターはんがロングビーチで開催するロックコンサートに出演して……」

 

「でるっ!」

 

アルの話を遮るように、スチョリが叫ぶ。

 

「でるっ!」

 

スチョリの目を見たアルが強烈な執念を感じた。

 

「い、いや、まだ...最後まで言って...」

 

「うるさいアル。しばくぞ......」

 

「ええっ!......」

 

スチョリのドスの利いた声に、おもわずアルの肩がうわずった。

 

「あのハゲに言うてこい。出たると」

 

甲高い声にも関わらず、辻の言葉にも不思議と恫喝めいたものを感じた。

 

「う、うん。み、みんな、条件とか聞かんでええの?」

 

アルがオドオドしながらみなに聞いた。

 

「はよいけや!」

 

みな声をそろえアルに叫んだ。店の照明の加減なのか、アルはみなの目から燻銀のような輝きを見た。

 

 

(つづく)