2018.05.04 fri
**第10章:すべての輝ける者たちへ**
「ラリー?......ふむふむ、カーネギー......なるほど」
ハンターが手を震わせながらバンド名を手帳に書き殴った。
「よし、これでヤンに出演を取りつける。ヤツが反対しても押し通すからな。まぁ、これで出演交渉は成立というわけだ」
ハンターは先ほどとは打って変わり爽やかに笑みを浮かべながら手を差し伸べた。篤は恐縮するようにハンターと握手を交わす。
「Thank you, Mr.Hunter!」
「連絡先は渡した名刺に書いてあるとおりだ。渡した書類に大まかなことは書いているが、より詳しいコンサートの詳細が欲しいなら連絡をくれ。テレックスで送るよ。わたしは先客がいるのでこのへんで失礼する。ではまたロング・ビーチで会おう!」
ハンターは助手席で香箱をつくり寝ている茶トラに気を使いながら、いかついトレーラーが並ぶ中でひと際目立つ白のフォード・コンバーチブルに乗り込みエンジンをかけた。そして急発進の反動のせいか、乱暴にハンドルを回してなのか、車体がひっくり返りそうなくらい蛇行させながら国道へと出て行った。
「みんな、すごいことになったで。でも今日のライヴ見たらハンターはんも出演を依頼するのもわかるわな。いやーでも、ほんますごいよ!みんな」
アルはまるで自分のことのように軽妙な口調でそう言った。
「1500ドルの小切手はこっちで預かるわ。でも換金するときアルに頼むと思う。そのときはよろしく」
「ああ、そうやった!」
アルが先ほどハンターから渡された小切手を篤に手渡した。
「この国の人間じゃなかったら換金するのも一苦労やな。日本と勝手が違うかもしらんし、よっしゃワシにまかせとき!」
アルは自分が頼りにされているのを快く思い、朗らかに笑った。篤は小切手を帆布のブリーフケースに入れメンバーに振り向き、ひとつ頷く。
「えらいこっちゃ!」
辻が甲高い声で叫び、慌ただしく両手をぐるぐる振りながらみなのほうへ走ってきた。
「辻くんどないしたん?」
十夢が慌てる辻に理由を聞いた。
「車をここまで回そうと思てんけど、エ、エ、エンジンかからへん!」
「えー!」
みな絶叫する。
「ど、どないすんねん。こんなところに車修理できるところなんかあらへんで!」
アルがそう言いながら、不安な面持ちでこわばるメンバーの顔を見渡した。
「Uh...私のトレーラーのコンテナだったら入る。Where…Uh...どこまで行くの?あのサイズだと大丈夫」
キャロルが片言の日本語でみなに語りかけた。みなゆっくりとキャロルの方へ振り向く。
「ほ、ほんまに!それは助かる。ワシらはロスのリトル・トーキョーまで行くんや!」
アルは安堵の表情を浮かべながら、どさくさに紛れてキャロルの両手をギュッと掴んだ。
「だ、だったら方向が一緒。車のリペアできそうな町までなら......」
キャロルはアルの強引な態度に後ずさりしながら、仕方なく承諾するようだった。
スロープを降ろしたコンテナにハイエースを積み込んだラリーパパ&カーネギーママのメンバーは、まずは一安心といった感じで安堵の息をついた。
「とりあえずこれで最悪の事態は免れたみたいやな。しかしキャロルもこんなデカいトレーラー、よう運転するな」
ヒョンレが感心してキャロルのトレーラーを見渡した。
「せやけどチョーさん、コンテナに積んだワゴンてどう見ても新しい型やんな。せやのになんであんなにボロボロなん?」
首にかけた鳥獣人物戯画が刺繍してある手ぬぐいで汗を拭うアルが、ヒョンレに素朴な疑問を投げかけた。
「あ、いや、あれ、オレら日本津々浦々ツアー行ってるさかい、そりゃすぐボロボロになるよ。アル、案外ああ見えて日本も広いんやで」
ヒョンレが少々戸惑いながらも、とっさに嘘を並べ立てた。
「ふーん、そんなもんかねぇ...」
アルも幾分か怪しんだ節はあったものの、うんうんと頷いて素直にヒョンレの言い分を受け入れたようだった。
「おい、もう行ってしまうのか?」
カフが別れの挨拶をしにキャロルのトレーラーに歩み寄ってきた。
「カフ、そろそろわてらもおいとましようと思ってま。ステーキほんまにご馳走さん」
アルがそう言うとペコリと頭を下げた。
「そうか、じゃあ気をつけてな。あっ、そうだ!うっかり忘れるところだった」
カフがエプロンのポケットから、ほとんどが1ドルや5ドル紙幣の束をアルに手渡した。
「約束の出演料だ。それとこれはキャロルの配当金だ。あとで渡してやってくれ」
「カフ、おおきに。では遠慮なく...」
アルは何食わぬ顔をしながら札束をポケットに仕舞う。
「こらっ」
篤が手の平をアルに突き出した。
「ああ、そうやった!」
アルが白々しい素振りをしながら篤に札束を手渡した。
「おい、お前たち!」
声の主は出入り口木造階段のポーチにいるロブだった。
「なんだロブ!まだ文句が言い足りないのか?」
カフが含み笑いをしながら意地悪そうにロブに言った。
「ああ、なんだ......また...」
ロブが一差し指でぎこちなく鼻をこすった。
「またステーキ食いに来い。たらふく食わせてやるからよ!」
「ハハッ!こりゃいいや。偏屈ロブ、お前もとうとうヤキが回ったな!」
カフはしたり顔をしながら、さらに意地悪い調子でロブをからかった。ロブは面倒そうに蚊を払うような手つきで手を振り、また店に戻っていった。
「みんな準備できたよ!」
コンテナで作業をしていたキャロルがみなを呼んだ。
「じゃあな。また近くまできたら寄ってってくれ。ロング・ビーチのライヴ、成功を祈ってるよ」
星が目の前まで迫るような輝きを放つ透明度が高い夜空を眺めながら、アルがご機嫌な調子でしゃべり出した。
「ヘヘっ。ここにきてじゃんけんの強さが幸いしたな。しゃあけどさすがは砂漠地帯、夜はドンと冷えるなぁ。あーあ可哀想に、みんな今頃コンテナの中で凍えとるんやろうな。へへっ。でもワシはこうしてぬくぬく、となりにはキャロルもいてるし言うことないわ。へへっ」
先ほどロブの店先の駐車場で、ラリーパパ&カーネギーママのメンバーとトレーラーの助手席を巡ってじゃんけんをしたアルは、持ち前の勝負強さを発揮して見事勝利を収めたのである。敗者とはいかなる時も惨めで侘びしいものだ。この物語の主人公たちといえど、そのさだめには抗う術はなく素直に甘受するしかなかった。ということでみなさんお察しのとおり、ラリーパパ&カーネギーママとマネージャーの篤はワゴンを積んでいる独居房のようなコンテナへ。
「へへへっ...」
アルはよほどうれしいのか、またいやらしく笑った。
「なにその笑いかた、ヤメテくれる」
キャロルはアルの笑い方が癪に障り、それを咎めた。
「へへっ、こりゃすんません。へへっ」
「......」
キャロルは咎めるのも億劫になり、口を噤んで運転に集中した。
「あれ、なにかしら。事故?」
キャロルが遠くで光る赤と青の警告灯を朧気に確認した。
「ん?...」
アルは丸メガネを外し、Tシャツの生地で曇ったレンズを拭いた。そして再びメガネをかけたアルが、身体をかがめ前方を注意深く見つめた。
「ん?……あ、あああ!」
アルが前屈の姿勢から勢いよくのけぞって、座席に後頭部を激しく打ち付けた。
「ま、まさか!.....」
「アル、ど、どうしたの?」
急に取り乱したアルの身体は小刻みに震えている。
「キャ、キャロル。こ、これからワシの言うことに従ってくれ。今すぐヘッドライト消して......ギアはトップに、アクセルを目一杯踏み込んでくれ」
「What?」
キャロルは突然突きつけられたアルの無理難題に戸惑う。
(くっ!ルースの情報待ちをええことに、ワシとしたことがうかうかしてもうた......引き返すか?いや、もう遅い。今引き返したらこのネバダ州から出れんような気がする。このまま......)
アルは歯ぎしりをしながら悔いるようにつぶやいた。
「ええか、もう一回言うで。い、今すぐヘッドライト消してアクセルを目一杯踏み込んでくれ......」
アルは思い詰めたように、助手席のダッシュボードに置いてある納品書や伝票の類を挟んだファイルボードを手に取って、一緒にクリップに挟まれている鉛筆を取り力任せに折った。アルは鋭く折れた面を自分の喉元までもっていき、まるで傷を負った獣のように咆孝をした。
「頼む、世界の命運が......この世界がむちゃくちゃになる!!」
キャロルは酷く困惑した様子で、左手でハンドルを握りながら、アームレスリングで痛めテーピングで固定した右手を伸ばし、なんとかしてアルの凶行を阻止しようとした。しかしあらかじめ予期していたのか、アルは咄嗟にキャロルの手を払い、手が届かなくなるまで後ずさりして助手席のドアに背をつけた。
「キャロル!頼む!!」
デス・バレー国立公園南東部 カルフォルニア州 州境
「少尉、お客ですぜ」
その声は心なしか軽薄さを感じさせるものだった。車長のハンク一等軍曹が砲塔のハッチから上半身を出し、双眼鏡を見ながらウィル少尉に報告をした。
「ハンク、ナンバーの確認出来るか?」
「えーちょっと厳しいですねぇ...あれ?少尉、やっこさんヘッドライトを消しやがった」
それを聞いたウィルは気だるく溜息をつく。
「ハンクM8の砲塔を停止線から100m前まで合わせろ」
「えっ?少尉どう見てもただのコンテナ付きの大型トレーラーですよ。民間人に発砲するんですか?」
「一応だぁ」
ウィルは吐き捨てるようにハンクにそう言ったが、なにか釈然としない様子でうつむき、何気なく顎を撫でた。
「いや、あくまで万が一を想定してのことなんだが、向こうが走行不能になればいいんだ。すまない、偏差射撃のような形をとるが、おおかたの予測をつけて停止線手前まで来たトレーラーのコンテナだけを狙えるか?」
ウィルは停止線の方を指差し、再びハンクに指示を出した。
「へいへい、任せてください。ヒッグス聞いてのとおりだ。前方10時の方向射角2距離115!」
ハンクがインカムで砲手のヒッグスに指示を出すと、砲塔はいびつな音を立てながら動いた。
「よくできましたねヒッグス。あとでトウィンキーあげるからね」
「うるせえ」
ヒッグス軍曹の面倒そうに言い返す声がインカムから漏れる。
「ポーター保安官、また車の照合を頼みます。搭乗者の確認はこちらでやりますんで」
パトカーのそばで佇むポーターは、回転灯の光が眩しいのか、目をすぼめながら腰にあてていた手を上げウィル少尉の指示を了解した。
「少尉も大変だな。しかし俺が聞いていいものなのか知らんが、これはいったい何の検問なんだ。州境検問は何度もしているが、こんな大規模は初めてなもんでね」
ポーターは広範囲にわたる検問を不可解に思い、ウィルに質問した。
「一応軍事機密と言いたいところなんですが、我々も詳しくはわからないんですよ。ただ渡されたファイルの男を見つけたら拘束して本部に連絡しろという手筈だけが決まっていて...」
ウィルはそう言いながらサイズが合わないのか、迷彩ヘルメットを脱ぎ、シリアルナンバーを確認するように底を覗いた。
「そうか、そちらの都合もあるんだな」
ポーターは遠くからこちらに向かってくるトレーラー車を見つめながら言った。
「ええ、その都合とやらでこちらはお下がりの37ミリ砲軽装甲車一台ですよ。兵員も新兵含め数名。まぁこの国道だったら妥当とも言えますが。ほかの主要幹線道路はもっと派手ですがね」
ウィルがヘルメットを被り直した。
「ヨハンはサーチライト、コーディは停止命令用のスピーカーに電源を入れろ!」
明瞭な声でウィルが部下に指示を出す。
「少尉!」
「なんだ?」
ウィルがヘルメットを片手で押さえながら振り向いた。
「サーチライトが点灯しません!」
(まったく、勝つか負けるかわからない戦争をするから...。一体いつになったらインドシナは落ち着くんだ。くそっ、とんだとばっちりを食わされた....)
ウィルが舌打ちを打った。
「なんとかならないか!」
「べ、ベストを尽くします!」
ヨハン二等兵の声がうわずった。
“Three, Four”
停止命令用のスピーカーからピアノの音。
「なにをやってるんだコーディ!」
ウィルが両耳を押さえながら叫ぶ。
Instant Karma’s gonna get you
Gonna knock you right on the head
You better get yourself together
Pretty soon you’re gonna be dead
瞬く間に因果応報が君を捕まえる
君の思考をノックする
落ち着くんだ
近いうちに 君は死んでしまうだろう
「す、すいません少尉!新兵が配線を間違えたみたいです。ふ、復旧急ぎます!」
大音量の中、コーディ伍長が慌ててウィルに叫んだ。
What in the world you thinking of
Laughing in the face of love
What on earth you trying to do
It’s up to you, yeah you
いったい君はなにを考えている
愛しき人を思いながら
君はなにをしようとしているのか
君次第 そう、君次第なんだ
「少尉!やっこさんスピード上げてこちらに向かって来ましたぜ。なんか嫌な予感が...まるで停止する気配がないというか……」
ハンクは再び双眼鏡で前方を確認すると不安な面持ちでウィルに報告した。
「ハンク!もう少しはっきり言え!サーチライトまだか!コーディ停止命令はもういい。うるさくてたまらん、スピーカーの電源を切れ!」
ウィル少尉は慌ただしく怒鳴り散らし、方々に命令するだけであった。
「アル、このままだと本当に衝突する......」
キャロルは目を見開きアルを不安げに見つめた。
「キャロル、ワシを信用してくれ......頼む!やないとワシ......」
鋭尖を突き立てたアルの喉から一滴の血が流れた。
「Jesus......」
キャロルはアルの行動をまったく理解出来ず、深く息を吐きかぶりを振った。
Instant Karma’s gonna get you
Gonna look you right in the face
Better Get yourself together darling
Join the human race
瞬く間に因果応報が君を捕まえる
君の顔をのぞき込む
落ち着くんだ
世界の人々と喜びを分かち合い
How in the world you gonna see
Laughing at fools like me
Who on earth d’you think you are
A superstar?
Well, right you are
君は世界をどう見る?
ぼくのような愚か者を笑いながら
君は自分を何者だと思っている?
スーパースター?そう、その通り
Well we all shine on
Like the moon and the stars and the sun
そうさ みんな輝くんだ
月のように星のように太陽のように
Well we all shine on
Ev’ryone come on
そうさ みんな輝くんだ
そうなんだ みんな!
「アル、もうブレーキ間に合わない!」
キャロルが叫んだ。
「まだ......まだや!」
アルはアーミーパンツのポケットから懐中時計のようなものを取り出した。しかしその懐中時計のようなものには文字盤は無く、液晶画面に扇型の簡素なメーターだけが表示されているだけだった。アルは燻んだ懐中時計のような端末の側面に並んで付いているボタンを無造作に押した。
(くっ、急いで作ったからロクにテストもでけへんかった。しかもこれは短距離用。しゃあけど、やるしかない。こんなデカい物質を果たしてどこまで飛ばせるのか?起動せずにそのまま衝突するかもしらんが、でもこうなったら...こうなったらやるしかないんや...)
「もうダメ!ぶつかる!」
キャロルは目の前まで迫り来る検問用バリケードに恐怖し叫んだ。
「イケーー!!!」
アルはそう叫びながら懐中時計の竜頭(りゅうず)にあたる部分を力一杯に押した。
「少尉!こ、このままだと...」
ハンクが体を仰け反りながら叫んだ。
「あ、ああ...ハ、ハンク!砲撃命令!う、打て!」
ウィルが声を震わせながら叫ぶ。
「ヒッグス打て!打て!」
ハンクがインカムに噛みつくように怒鳴った。
「だぁああああああああ!!!」
覚悟を決めたアルは死にもの狂いで叫んだ。サーチライトがようやく点灯しトレーラーを捕らえ、照らしたのと同時にM8装甲車から空気を砕くような砲撃音がこだました…。
「............」
.....................
「き、消えた?......」
ウィル少尉は想像の範疇を超えた超常現象を目の当たりにして絶句し、膝から崩れ落ちた。
Well we all shine on
Like the moon and the stars and the sun
そうさ みんな輝くんだ
月のように星のように太陽のように
Well we all shine on
Come on and on and on on on…
そうさ みんな輝くんだ
そうなんだ みんな…
暗闇......抗いようのない真の"闇”......
その"闇”から針の穴ほどの"光”が差し込んだ。"闇”は排水溝に流れる墨汁のように反時計回りに渦を作りながら”光”に吸い込まれ、徐々に現世の風景を露わにさせていく。そして、"光”は強烈な閃光を放ち方々に散った。月明かりに照らされた広野が突如現れ、二人の視界を支配した。
「What…What’s happened?......」
キャロルが呆然となりながらアルに言った。
「キャロル、頼む。このことは誰にも言わんといてくれ。コンテナの、コンテナのみんなにも.....」
アルはバックミラーでおよそ500mほど離れた検問所を見ながらキャロルにささやいた。
「あれ?なんかジョン・レノンの歌声が聞こえたような。一瞬やったけど...」
コンテナの中で梱包用の毛布にくるまりながら辻が一言つぶやいた。
「うん、確かに聞こえたな。はて?なんやろか...」
スチョリがそう言いながらピアノの運指トレーニングなのか、コンテナの冷えきった床に手を添えながら指をカタカタと動かしていた。
「それよりみんな気づきました?あの時、あのややこしいもんに巻き込まれた途中で感じた、あのなんとも言えない感覚。なんかこう、自分が自分でないような。ものすごく一瞬でしたけど......」
「さぁ、どうやろ?言われてみれば感じたような…じゃないような…いや、あれ?」
十夢の問いかけにガンホがあやふやな態度を取りながら首を傾げた。
「みなさん、携帯とスマホを預かります。各自これに入れてください」
篤は帆布のブリーフケースを開けた。
「はぁ、どうしても手放さなあかん?なんか手元になかったら不安になるというか、俺にとってはこの世界で文明を感じる唯一のものやねんけどな」
スマホの微かな光がヒョンレの顔を照らす。
「でもこの世界で持ってても、やはり無用の長物以外なにものでもないですよ。ほんで手元に持ってたら僕らの正体がバレるかも知れません。とにかく、一旦こちらで預かります」
「やっぱりあかんか」
ヒョンレが名残惜しそうにスマホをブリーフケースに入れた。それを契機にしてみなヒョンレに続いた。
「それとこれ、みんなに渡しときます。なにか緊急の時に使えるように」
篤は先ほどカフからもらった300ドルの束からスマホの光を頼りに20ドル数え、一人ずつ手渡した。
「小切手はしばらくは換金できないでしょう。渡した30ドルは虎の子のお金です。大切にしてください。ほんまに、ほんまにキャロルには感謝してもしきれないです。なんせ自分が勝ったのに配当金も受け取らず、掛けた20ドルだけ返してくれたらええって言ってくれましたからね」
篤は残りのお金を茶封筒に入れ、再びブリーフケースに仕舞った。
「あの、言い忘れたというか、話し合った時に言いそびれたんやけど...」
スチョリは柔和な表情でみなに話しかけた。
「そう、言い忘れたんや...みんなに聞きたいんやけど.......みんなロジャーに会いたないか?」
「ああ......」
みなスチョリをじっと見つめた。
「そうか、いま1971年...そうや、ロジャーに会える!会えるやん!」
ヒョンレが嬉しさのあまり声をあげた。
「おい、だれか呼んだか?」
黒く薫んだウォールナットのバーカウンターでビールを飲むロジャーが、ビリヤード台でカットスロートに興じているジェシとリヴォンに自分を呼んだのか聞いた。ジェシは8番の玉を落とすと、ロジャーの方に振り向いた。
「いいや、俺じゃない。リヴォンか?」
「ん?いや、俺も呼んでないが」
リヴォンはキューを脇に抱えながら右手に持ったクアーズの瓶に口をつけた。
「ロジャー、今日のライブの疲れからじゃないのか?空耳だよ」
ジェシはそう言いながら9番の玉に狙いを定め、ショットの構えを取った。
「そうか、確かに俺を呼ぶ声がしたんだが...気のせいか」
ロジャーは頬をかきながら遠くを見つめた。
(第一部 完)