2018.07.12 thu

 

 

**第11章:そしてカリフォルニアへ**

 

 

写真:萩原比呂子 / 土橋一夫 / 長門芳郎(敬称略)


今年6月にウディ・ガスリーの系譜を継ぐ静かなる巨人、あのロジャー・ティリソンが初来日を果たした。そしてジャパンツアーでバックバンドを務めたのが”大阪のザ・バンド”と称されるラリーパパ&カーネギーママ。この両者の出会いに、何かとてつもない運命めいたものを感じてしまう。『ミュージック・コレクター』では自誌のワンコーナーである川村恭子の「I Know」でラリーパパ&カーネギーママの各メンバーから、ツアーを終えた今の心境とツアー中に起きたエピソード諸々など、深く掘り下げて聞いていこうと思う。


 

川村:みなさん、ツアーお疲れさまでした。本当に盛況でよかったね。全公演とも見たんだけど、わたしゃ感無量でしたよ。なにせラリーパパ&カーネギーママとあのロジャー・ティリソンが一緒のステージにいるんだもん。もう言うこと無しって感じだったわ。

 

ヒョンレ:ありがとうございます。川村さんもすごく興奮されてましたよね(笑)

 

川村:いや、もうほんとうに...演奏もバッチリだったよ。よくあの短期間で仕上げたよね。

 

凡人:はい、僕らもそう思ってます。最初話が決まった時にあのロジャー・ティリソンのバックバンドを僕らがやるんかって。ほんま気負い過ぎて夜も眠れなかった時期もありました(笑)だけど気負った分みんな集中したというか、そのおかげで何とかなりましたね。

 

川村:そうよね、気負うなと言うほうが無理だもん。今回でバンドのスキルというか地力が上がったんじゃない?

 

ガンホ:ええ、そりゃもう上がったと思いますよ。僕、今回ジェシ・デイヴィスのスライドプレイを出来るだけ忠実に再現しようと思って必死に練習しました。だからあんなけ弾けなかったスライドギターがいくらかマシになりましたね(笑)

 

十夢:本当に勉強になりましたよ。やっぱりリズム感が微妙に違うんですよね。僕らが思ってたリズムとロジャーが培ってきたリズムて。でもそれがすごくアメリカ特有の土着のリズムだとわかって、今ではベースのプレイの質が変わったような気がします。

 

ヒョンレ:ほんま僕らの演奏を信頼してくれたというか、自由にやらせてくれた気がします。なんか僕らのこと昔に会った日本のバンドのサウンドにすごく似てるって言ってました。えっと、なんちゅう名前やったかな。なんか最初変な名前から始まる.....ラリーなんちゃら&カーネル・サンダース......辻くんなんやったっけ?

 

凡人:「ラリー・フリント&カーネル・サンダース」というバンドらしいんですが、川村さんご存じですか?なんか僕らのバンド名と似てるなと思ってるんですが。またカーネル・サンダースがインパクトある名前やなぁて。商標権とか大丈夫なんかて思ってしまう(笑)

 

川村:いや、さすがの私もそのバンドに関して詳しいことは解らないんだわ。知ってるのはロングビーチのローリング・ストーン誌主催のロックイベントに出演する予定だったんだけど、イベント中に起こった大停電で出られなかったんだって。その後パッタリと消息を絶って雲隠れ。そのバンドのことはライターの間で今でも語り草になってるよ。やっぱりラリーパパとロジャーの相性が良かったのは、そのバンドが何か関係あるかもね。

 

スチョリ:確かにそのバンドのおかげかも知れませんが、でも、言うてもロジャーの人柄は大きかったと思います。アメリカ南部の人って考え方がマッチョな人が多いイメージやったんですが、ロジャーは全然そんなことなくて。ほんとに穏やかで静かな人なんですよ。だから僕たちもリラックスしたというか、すぐに親しくなりました。そうそう、でもね、静かな人と言いましたが案外お茶目な一面もあったり。

 

川村:へぇー、それは意外ね。どんなことがあったの?

 

スチョリ:ロジャーがいつもホテルの部屋に戻るときに決まって「See you later Alligator!(シー・ユー・レイター・アリゲイター)って僕らに言うんですよ。最初意味が解らなかったんですが、ロジャーの来日をプロデュースしてくれた長門芳郎さんに聞くとアメリカの有名なダジャレやったとわかったんです。それからロジャーが毎回それを言う度に僕らニヤニヤしてました。なんかそのサービス精神がおかしくて(笑)

 

ヒョンレ:あとライヴ始まる前に「I’m Johnny Cash!」って必ず挨拶するんです。ジョニー・キャッシュと自分が似てるんで持ちネタなんでしょうね。初日の公演の時にそれがウケたんで、毎回その挨拶で始まるんですよ。ほんまにサービス精神旺盛というか(笑)

 

川村:サービス精神で思い出したんだけど、大阪公演のときに30分くらい時間をオーバーしたんだっけ?日本のファンの反応が嬉しすぎて、時間を忘れたって。

 

ガンホ:そうなんです。それロジャーの弾き語りの時だったんですが、僕が舞台袖で見ていると長門さんが腕時計を見ながらそわそわしてはるんで、僕がどうしたんですか?と訪ねたら、弾き語りの部の持ち時間をオーバーしてるて言いはるんです。で、ライブ終わってそれを長門さんがロジャーに伝えると、ものすごく反省して。多少の時間のオーバーはあったもののライブは滞りなく進んだし長門さんもそんなに強く注意したわけじゃないんですが、ロジャーは気にしすぎて次の公演は早く終わってしまいました。だから長門さん、たまらずカンペ作りはりましたね(笑)

 

全員:ははははっ!(爆笑)

 

川村:私たちと時間の感覚が違うんだろうね。なんとも大らかというか、それでいて優しすぎるから気にしすぎたんだろうね。本当ピュアな人なのね。

 

十夢:そうなんですよ、本当にピュアなんですよ。最後の打ち上げで僕らロジャーをびっくりさせようと思って、ロジャーがトイレに行ってる間に店の隅々に隠れたんですよ。ロジャーは戻ってきたら誰もいないんで、ものすごく動揺しているんです。もうあちこち見渡してね。それを見かねた長門さんが合図を出して僕らが出てきたんですが、ロジャーの顔がもうこれほどにない安堵の表情やったんです。ロジャーに聞いたらほんまに自分をほってみんな店から出ていったと思ったらしんですよ。そんなことするわけないのに(笑)

 

全員:ははははっ!(爆笑)

 

スチョリ:あの時いたずらしてる当事者やったけど、途中で可哀想になってきて、ほんま泣きそうになった(笑)

 

川村:はぁー、笑い過ぎて私も涙だわ。だけど本当にいいツアーだったんだね。最後の公演の「ロックンロール・ジプシーズ」は気持ちがこもってるのが手に取るようにわかったもん。それをみて、ああ、このバンドはひと回りもふた回りも成長したなと思った。

 

十夢:あの時、実は、僕ら泣きながら演奏してたんですよ。これで最後かと思ったらたまらんようになって。必死に涙堪えてたんですがね。別れるのは本当につらかった。

 

スチョリ:またいつか…いや、いつかではなく、また必ず一緒に音楽をやりたいと思います。僕らの目指す音楽を明白にしてくれたロジャーには本当に感謝しかないです。

 

インタビュー:川村恭子

2003年8月号『ミュージック・コレクター』より

 



 

 

1971年 

アメリカ、カリフォルニア州 セコイア国立公園

 

針葉樹の木々からまち針のような木漏れ日が揺らめき、その木漏れ日とシンクロするようにガンホのバンジョーの一弦がシエラネバダ山脈に広がる澄み切った空に木霊した。ヒョンレのアコギ、スチョリのアコーディオンがそれに続く。辻のカホンが程良く湿った豊穣な土をゆらし、十夢の指先をなぞるようにアコースティックベースが木訥と鳴った。

 

          

<黄金のうたたね>

             

雲を見てると

時が、時が経つのもわすれて

 

まるでそれは

空が、空が描いた紙芝居 

 

雲間から光漏れて

眩しいから目を閉じて

    

続きは夢で見ようか、

続きは夢で見ようか...

 

心映す雲の形は

町から町へ流れて

君の住む所まで

届くのかは風次第

 

雲間から想い溢れ

眩しいから目を閉じて

 

続きは夢で見ようか、

続きは夢で見ようか...

 

続きは夢で見ようか

 

 

目を閉じながら歌を終えたスチョリの瞼に光が射した。

 

「ブラボー!ブラボー!」

 

アルが拍手喝采でラリーパパ&カーネギーママを讃えた。

 

「めちゃくちゃええやんかいさ!めちゃくちゃええやんかいさ!キャロル、どないだ。これがラリーパパ&カーネギーママやで!」

 

アルは興奮のあまり自分の立場もわきまえず、まるで音楽プロデューサーの気分。それとは裏腹に静かに目を閉じて聞いていたキャロルが一つ頷き「Beautiful...」とつぶやいた。

 

「ひゃっはー!気分出てきたで。今からキャンプの用意や!キャンプだホイッ!キャンプだホイ!キャンプだホイホイホイ!」

 

アルは頭のネジがとんだように飛び跳ね歓喜した。

 

「アル、キャンプの意味がわからんねんけど。今日ここに泊まるってこと?」

 

「そ、そうやで。あっつん、キャンプき、きらい?」

 

篤の疑問に対しアルは焦って答えた。

 

「いや、好き嫌いの問題じゃないんやけど...」

 

篤はキャップを脱ぎ、頭を掻いた。

 

「そうか、すっかり忘れてた。みんな全米ツアーしてるんやったな。ロスのリトルトーキョーでライヴあるんやったっけ?」

 

「あっ......」

 

篤は言葉が続かなかった。アルが言ったリトルトーキョーのライヴなのだが、それはアルが勝手に思いこんだことなのだ。だがラリーパパ一行とマネージャーの篤はこの時代の人間ではない。よってライヴもなにも、そもそもこの時代で目的を果たすような事柄は何一つ存在しないのである。しかし、それを答えないと自分たちの素性がバレてしまうと篤は思った。なので篤は辻褄合わせを咄嗟に思いつこうとしたのだが、それができずに黙ってしまったのであった。

 

「ほら、さっきのサービスエリアで電話入れたやん。俺らロングビーチのロックフェスに集中したいから、リトルトーキョーのライヴは断ったやん」

 

アコギを持ちながら2人に近寄ってきたヒョンレが篤に助け船を出した。

 

「あっああ......そうそう、そうなんです。さっき断りの電話入れたんやっけ」

 

篤は無理矢理の辻褄合わせに戸惑いながらも、何とかヒョンレと口裏を合わせた。

 

「そうなんや。それはそれはなにより。よっしゃ、ほならテント張らなあかんな」

 

アルはそう言うと、そばに置いていた大型のバックパックから何重にも折った扇型のゴム製シートと、

<ARPA>と赤文字が印刷してある布袋を取り出して、拓けた場所まで行きそれを並べて置いた。

 

「みんな見といてな」

 

アルは自慢げに言うとそのシートを力いっぱいに踏みつけた。

 

「マジックショーの始まり始まり」

 

シートはみるみるうちに膨らみはじめた。やがてシートは半円のドーム型のテントに様変わりすると、アルは手際よくその四方にロープを張り杭を打ち込んだ。

 

「じゃじゃーん!あっちゅうまに出来上がり。ワシこういうアウトドア用品を発明して行商やってんねん。このテントに3人寝れるんやで。あとふた張りあるから十分みんなテントで寝れる。今8人おるということは、ひと張りはワシとキャロルが寝るテントやな」

 

「な、なんやとゴォラッ!」

 

「なめ腐ったこと言うとったらいてまうぞ!」

 

「デブ、髭、メガネ!」

 

「こんな山奥やのになんでアロハに着替えてんねん!」

 

「アホちゃうか!」

 

「しまいに頭刈り上げるぞ!たこ助!」

 

男性陣がアルに罵詈雑言を浴びせる。

 

「じょ、冗談やがな。アロハも第二部が始まったからイメチェンや。ほっといてんか!心配せんでもこのテントは伸縮性抜群やから伸ばしたらひと張り5人まではいけるんや。だからキャロル、ひと張り自由に使ってええで」

 

「キャロル?」

 

「えっ?あ、ああ私は大丈夫。コンテナで寝るから......」

 

アルの気遣いにキャロルは素っ気なく返事をした。(アルはアウトドアのセールスマンなんかじゃない。このキャンプもきっと町に出れないから仕方なく......なにかとんでもない犯罪を犯したのかしら......)

 

「キャロルも泊まるの?家の人とか心配しない?」

 

十夢はなにげにキャロルに質問した。

 

「ええ、それは大丈夫。仕事もこれから休暇に入るし......」(それにしてもあの検問で起きた不思議な出来事は......それを確かめるまで私は......)

 

キャロルは横たわる巨木に目をやりキュッと口を結んだ。

 

 

(つづく)