2019.02.09 sat

 

 

**第14章:リヴォンやって!**

 

 

「ヒャーーヒャーー!」

 

辻は両手を挙げキャンプ場へまっしぐらに走る走る!

 

「ヒャーーヒャーー!」

 

「辻くんどこいくねん!」

 

辻はスチョリが呼んだことに気が付かず、心配で駆けつけてきたみなを余裕で通り過ぎてしまう。

 

「おい!辻くん!」

 

「ヒャーー!あっ......」

 

辻はスチョリの二度目の呼び声でやっと我に返った。

 

「辻くん、何があった!なんかが破裂したみたいな音がしてたけど。キャロルがあれは銃声や言てたぞ。なあキャロル!」

 

「ええ、たしかにあれは銃声だった。凡人さん大丈夫?What happened!なにがあったの?」

 

みな心配な顔をしながら辻に駆け寄った。辻はようやく落ち着きを取り戻し、息を切らしながら両手を膝について屈んだ。

 

「ハァーハァー、リ、リ、リヴォ」

 

「なんて?」

 

スチョリが目を丸くして辻の声に集中する。

 

「リ、リヴォ......」

 

「ん?リボ払いがどうしたん?」

 

辻が息を切らしながらかぶりをふって否定した。

 

「リ、リヴォン......」

 

「リボンの騎士がどないしたん?あれ、リボンの騎士の原作者てだれやっけ?」

 

「たしか水野英子やなかったか?」

 

ガンホの疑問にヒョンレがすかさず答えた。

 

「ちゃいますよチョーさん。リボンの騎士の原作者は手塚治虫ですよ」

 

十夢の訂正。

 

「ハァーハァー、リ......リ、リヴォン・ヘルム!」

 

たまりかねた辻が叫んだ!

 

「.........」

 

「リヴォン・ヘルムが熊に襲われそうになった僕を助けてくれたの!」

 

「んなあほな!」

 

辻以外のラリーパパ一同が声をあげた。

 

「ほんまやって!リヴォンが!持ってた拳銃で!熊を追い払ってくれたんや!!」

 

「えー、人違いちゃうの?こんな所にいるはずないやん。それか、その人がたまたま似てただけなんちゃうの?」

 

ガンホは含み笑いをしながら辻の言ったことを真に受ける様子がない。みなも当然のようにガンホと同じような態度をとった。

 

「絶対リヴォンやって!断言できる!この僕が、この僕が見間違えるはずがない!とにかく会ったらわかる。今リヴォンを待たせてるからとにかく、とにかく行こう!」

 

辻がみなに訴えるように叫んだ。

 



 

「あれ、確かにここのはずやねんけど......」

 

辻は事が起きた場所を指さし、辺りを見回した。

 

「ほんまに?あまりにも怖かったから幻見たんちゃうの?」

 

「いや、ここで間違いない!確かにここでリヴォンと会ったの!」

 

疑っている十夢に辻が激しく言い返した。

 

「あの時ここでリヴォンに待ってて言う......」

 

辻は話を途中でやめて何かを思い出したかのように間をとった。

 

「......言うたんは言うたけど日本語で言ってしまった。あの時めちゃくちゃ動揺してて......」

 

「そりゃわからんわ!」

 

ラリーパパ一同声を揃え、辻を責めた。

 

「話の途中でごめんなさい。リヴォンって誰?フェイマスな人なの?」

 

音楽に疎いキャロルがみなに質問した。

 

「おう、リヴォンは丁度二年前にウッドストック・フェスティバルにも出演したザ・バンドていうバンドのドラマーや。キャロル、リヴォンは日本でも有名なミュージシャンの一人なんやで」

 

ヒョンレがこの時代に合わせるようにそれとなくリヴォンの存在を明らかにした。

 

「私もそのウッドストック・フェスティバルの噂なら聞いたことがあるわ。とてもビッグなロックコンサートだと聞いた。リヴォンってそういう人なのね」

 

キャロルが感心するように何度か頷いた。

 

「でもなんにしろ無事で何よりですよ」

 

マネージャーの篤はラリーパパメンバーにはっきりと分かるようにキャップの唾に触れ、左腕を二回さすった。

 

「......」

 

篤がとった不可解な動作は、学生時代の野球部員だった頃に使っていた盗塁決行のサインだった。このサインはアルやキャロルに気をとられることなく、自分を含め緊急時にミーティングをするにあたってラリーパパの5人だけが解るように予め取り決めていたサインだった。

 

「ここは一旦キャンプ場に戻った方がいいかもですね。熊もまだ近くにいるかも知れませんし、買い出しに行ったアルもそろそろ帰ってくる時間でしょう。そろそろ戻ったほうがいいと思うんですが、みなさんどうでしょうか?」

 

篤のこの状況に応じた淀みのない提案だった。みなまるで飲んだ水が体全体に染み渡るようにすんなりと篤の提案を承諾した。篤が念を押すようにメンバー一人一人に視線を投げかけた。

 



 

「みんなに集まってもらったのは他でもない、辻くんが会ったとされているリヴォンのことでふと思い出したことがあって」

 

トレーラー前にラリーパパメンバーを集めた篤は開口一番にそう切り出した。

 

「でも、辻くんが会ったっていうリヴォンも本物かどうか疑わしいねんけどな」

 

「いや、絶対にリヴォンやった!」

 

ヒョンレが向けた疑いの目を辻は真っ向から否定した。

 

「ええ、僕は辻くんの言うことを信じています。というのもこれには理由があって」

 

篤は先ほどトレーラーの貨車に積んでいる自分たちが乗っていたワゴン車のトランクルームから、予め自分のリュックを持ち出してきていた。そして辺りをキョロキョロと見渡しながら、持ってきたリュックの中から薄いブリーフケースを取り出した。

 

「僕ら以外だれも居てないなっと」

 

そう言うと篤はまだ警戒している様子で辺りを見渡し、ブリーフケースのチャックをそっと開けノートパソコンを取り出した。

 

「そうなんです。僕が辻くんを信用するのには訳があって。僕のノートパソコンでロジャーのアーカイヴデータを作ってるって前にみんなに話したことがあると思うんですが」

 

篤が切り株に置いたノートパソコンを開くとケミカルな光がほんのりと灯った。その光は辺りに照らされた暖色の夕焼けと静かに混じり合い、画面から幾何学模様となって乱反射した。

 

「なんか久しぶりにみる我が時代の文明」

 

ヒョンレが頷きながらその光景に大層感心する様子だった。

 

「えっと、確かこの辺りに......ほら、みんな見てください。ここです」

 

あぐらをかいている篤の後ろにまわったメンバーは自然と中腰になる姿勢で屈み、ノートパソコンに集中した。

 

「確か今は1971年6月でしたよね。ほら、この時期ロジャーはライヴツアーに出ててカリフォルニアに来てるんですよ。そのときのサポートメンバーにリヴォンの名前が......」

 

「え、ていう事は......」

 

「そうです。辻くんが会ったリヴォンだという人物もこれでかなり信憑性が高くなりました。それとロジャーが近くにいた可能性も......」

 

「辻くん、ロ、ロジャーは近くにおったんか?」

 

スチョリが慌ただしく辻に詰め寄った。

 

「いや、ど、どうなんやろ?僕ほんまに動揺してて周りとかに気がいかんかったから…」

 

「でも、このまま僕らもカリフォルニアでライヴやってたら、いずれロジャーに会えるんとちゃいますか?」

 

潤んだ目で十夢がみなに言った。

 

「ええ、その可能性も十分にありますね」

 

篤はにこやかに言いながら画面のカーソルを動かした。

 

「あ、ジェシ・デイヴィスもギターのサポートで参加してますね。ほうほう、ほんでカリフォルニアのライブハウスを転々としながら」

 

篤の手が止まった。

 

「で、その後7月に開催されるロングビーチ・ロック・フェスティバルにソングドック・ファームというバンド名義で参加.....そうや!僕これうっかり忘れてた!僕らが出るフェスにロジャーが……」

 

篤が喜びに満ちた声でみなに言った。

 

「てことは、僕らこのままフェスに参加したらロジャーに会えるってことやな!」

 

スチョリの言葉にみな歓喜する!しかし、その歓喜の声とは裏腹に止まった篤の手がぶるぶると震えだした。

 

「え、えっ?......コンサート会場を後にしたロジャー・ティリソンは不運にもマフィアの抗争に巻き込まれ凶弾に倒れる。享年29......」

 

「..........」

 

「れ、歴史が...歴史が変わってる......」

 

「.........」

 

みな茫然自失の体をなし、言葉を失った。

 


 

「すまんキャロル、えらいことに巻き込んでしまって......」

 

横たわった倒木に腰掛けたアルは、うなだれた顔のままたき火の炎をじっと見つめていた。

 

「検問で起こったこと、あれはいったい何だったの?」

 

キャロルがおもむろにアルを見つめた。

 

「ああ、あのことに関してはまだ詳しくは話せないんや。でもこれだけは言える。あの検問所で起こったことはいずれ世界を混乱させることになるんや。ワシはそれを瀬戸際で止めなあかん義務がある」

 

「......」

 

「理由もなにもあれへん。あれは人類にとって有益なものでは決してない。もしくはまだその時代じゃないかもしれんが......」

 

アルはくべた薪を木の枝でかき回した。

 

「キャロル、ワシと一緒に来てくれ。ワシの協力者のルースが同行させるいうて聞かんのや。あれを見た以上自由にはでけへんいうてな......」

 

「あの人たちはどうなるの?」

 

キャロルはそこはかとなく悲しい眼差しでアルを見つめた。

 

「みんなはルースがこっちに来た時点で別れる。みんなはこの件に関してなにも知らんからな。ワゴンもルースに頼んでおいた部品でワシが修理したるさかい大丈夫やろ。はぁ......でも別れんのは辛いなぁ。もっとみんなの演奏聞きたかったわ......」

 

炎が映るアルの目にうっすらと光るものが見えた。