第二話 京大吉田寮篇

え!?ジミヘンやのに?


 

1997年、大学一回生の秋。初めての文化祭。いよいよ、我々ランプシェードの初ライヴの日が近づいてきました。好きな音楽がバラバラの僕たちでしたが、とりあえず4人それぞれ2曲ずつ好きな曲を提案して8曲コピーをステージで披露することになりました。

 

・バッキー Vo.

 Ice Cream Man / Tom Waits

? / The Rascals

 

・コジロヲ Gt.

Fire / The Jimi Hendrix Experience

Purple Haze / The Jimi Hendrix Experience

 

・大悟 Dr.

? / NEKROMANTIX

? / NEKROMANTIX

 

・十夢 Ba.

Sound System / Operation Ivy  

All Along The Watchtower / The Jimi Hendrix Experience

 

(?=残念なことに曲タイトルを失念)

 

 

初ライヴは緊張しつつも盛況に終わりました。僕たちは無名でしたが無敵でした。造形大の歴史でも同じコース、同じクラスの中だけでバンドが結成されたことはないらしく、先生たちもクラスメイトもけっこう応援してくれたりしてました。のちのち書きますが、軽音楽部の先輩たちがまた、キャラが強い人ばかりで、中でもとくに怖い先輩が一人いました。山森隆という先輩でした。この先輩についてはまた後半に登場してもらうことにします。

 

しかし、いま考えても、めちゃくちゃな選曲でした…。バラバラすぎる。当時、ドラムの大悟はサイコビリーにハマっていて。サイコビリーてのはいわゆるロカビリーのパンクバージョンで。派手な色のモヒカンの兄ちゃんがウッドベースに乗っかってバチバチにスラップしたり激しいんです。でも基本はロカビリーなんです。広島出身の大悟が言うんです。

 

「ああ、ぶちええわー、サイコビリー最高じゃ」

 

僕らがコピーしたネクロマンティクスのCDの帯にはこう書かれていました。

 

<ロカビリー天国、サイコビリー地獄>

 

…どういうこと?でも、なんでもよかったんです。みんなで楽しく演奏できたらそれだけで。

 

バッキーだけ全然趣味が違うくて。なんだか大人っぽい音楽が好きっていうかいろいろよく知ってる人だなーて感じで…。あー、ラスカルズの曲なんだったっけなー。いい曲だったんですが…。サイコビリーが邪魔して思い出せません…。

 

入学当初の春頃は僕とギターのコジロヲくんはとにかくスカコア、メロコアで意気投合しまして。当時、クラブでもスカコア、メロコアイベントが全盛だったりして。大学生になったのでクラブとかもイキっていくんですね。京阪丸太町駅の地下にあるメトロというクラブによく行って踊っていました。典型的な大学デビューです。オペレーション・アイビーはよく聴いたなー。ビースティ・ボーイズもバンド時代はメロコアで。そういうものを好んで聴いていました。

 

…そして、ジミヘン。いろいろはしょって、ジミヘン。

 

もう、僕もコジロヲくんもジミヘンにやられまして。夏頃には二人ともジミヘンに熱狂していました。どんだけカッコイイねんと。

 

なんでジミヘン知ったのかなー。大学構内でジミヘンのウッドストックのライヴが上映されてたような。バンドメンバーみんなで観に行ったのかなー。ちょっと記憶が曖昧なんですが、とにかくすげー!と。ぶっ飛びました。いや、高校の時もジミヘンちらっと聴いてたんだけど…。映像はこの時、初めて見たのかも。今みたいにYouTubeとかないし。

 

黒人がものすごい爆音ギターでアメリカ国歌を演奏しておるぞと。

さらに歯でギターを弾いておると。

挙句、ステージでライターオイルをギターにかけて燃やしておるぞ。

すごい見た目やぞ。頭がクルクルやぞと。

十夢も髪の毛だけ、ジミヘンいけるんちゃうんか。

いや、俺ベースやし…。

ほな、ノエル・レディングいっとこうと。

こいつもクルクルやしな。

このベースなんていうんや。

フェンダージャズベースやと。

バイトして買おうと。

ドラムごっついな、

こいつ。ミッチ・ミッチェルていうんか。

すごいプレイやな。めちゃくちゃやな。

ギターは白いストラトいっとこう。

せやけど、さすがに左利きは無理やな。

でも、歯で弾けるで。背中でも弾けるで。

ワウペダル踏むで。ファズ踏むで。

 

よし、これでロックやな!

 

いろいろ過渡期でした。

 

60年代ヒッピーのようなファッションも当時リバイバルしていて、音楽も60年代のロックもまた街で流行り出していました。僕もパンクファッションからベルボトムにチェリーハット、タンクトップ。コジロヲくんもそんな感じで、好んで小汚い古着を着るようになっていきました。古着屋は新京極のSPINSです。僕らはよくSPINSへ行ってましたね。軽音部の先輩がバイトしてたし。当時流行っていたファッション誌はSMART、ZIPPER、Cutie、Oliveとか…。

 

60年代ロックと同時に最新のテクノミュージックも勃興していました。いわゆるデトロイトからやって来たミニマルテクノです。ひたすら太鼓がドンツクドンツクいうてる硬質な電子音楽でした。やはり、メトロでテクノパーティーがあれば踊りに行くんですね。ハッピーハードコアなるやけに明るい楽しげなダンスミュージックとかも流行っていました。この頃、テクノミュージックを通じて<京大テクノ部>と出会い、京都大学の音楽コミュニティとの繋がりができました。そうそう、クラスメイトの南海Hこと中井くんがターンテーブルを買ってDJを始めた頃でした。彼にひっついていって、バンドメンバーたちも一緒によく遊びました。いや、ほんと遊んでばっかりでした…。京大の楽友会館という場所などでも、いろいろ。ちょっと危ない感じのパーティーとか、いろいろ。このへんの記憶は混沌としてまして。また改めて何かの機会で。20歳にも満たない僕たちにとって、京都、左京区での大学生活というのはものすごく刺激的だったのでした。

 

左京区には京都大学を中心としたコミュニティが形成されていて立命館大学や同志社大学、龍谷大学からも音楽好きの学生たちが京大に多数集まっていました。圧倒的な好奇心と行動力がありました。なんでも吸収する時期でした。なんにでも興味がありました。あらゆるジャンルのあらゆる時代の音楽が同時に耳に入ってきて次から次へと興味の対象が移り変わるんです。

 

しかも、僕はまだ童貞でした。

 

前年に上映された『トレインスポッティング』。この映画を観て、強烈なインパクトを受けました。僕たちは、絶対に有名な何者かになるのだ。みたいな。まったく根拠のない自信が、エネルギーが身体の中に満ち満ちていたのでした。

 

まだ、童貞でした。

 

一回生の秋頃だったか、先述の造形大の文化祭の後に「吉田寮 “SHOCK DO LIVE !”」なるイベントがありまして。京大の吉田寮というものすごいボロボロの、歴史のある寮。学校側が管理せず、学生を中心とした吉田寮自治会が管理している建物。学生だけでなく家族が暮らしてたり。つげ義治の漫画に出てくる李さん一家みたいな家族。

 

その寮の食堂跡を会場にした大規模なライヴイベントが開催されていて、バンドメンバー全員で観に行きました。そこにはすごいバンドがたくさん出ていました。みな、京都の学生だったと思います。年も2つ3つ4つ上とかそんな感じで。学生以外に大人のバンドも混じってました。

 

和製ファンクバンド<東アジアドラゴンリーサンダース>

大所帯サルサバンド<ザ・グレート歌舞伎と野鳥を見守る会>

神戸から来ていたおじまゆうさく率いる<ジーシーズ>

爆音ガレージバンド<ザ・ちぇるしぃ>

デカダンスで大人なロックバンド<OKミュージクボール>…etc

 

当時の京都インディーロックシーンを支えるバンドがキラ星のごとく出演していました。翌年にはキセルやつじあやのなども出てきます。

 

その中で、ラヴラヴスパークというバンドがステージに上がってきました。オザケン的なソフトでポップなロックバンドという印象。そうです、いまも活動を続けているラヴラヴスパーク、長谷川一志がリーダーのバンドです!

 

そのバンドのドラマーが辻凡人で、ベースがなっちゃんこと森本夏子でした。二人ともとても息が合っていて。コジロヲくんと「あのリズム隊、いいね?」と客席で話したのを覚えています。辻くんは文字どおり大木凡人のようなオカッパ頭にメガネとオーバーオールでした。

 

あの子らだけちょっと若くない?

僕らと同じくらいじゃない?

いいなー、僕らもこのイベント出たいなー。

もう、学祭も出たしな。

僕らデビューしちゃってるからな!

次はここに出たいな!

 

すごいバンドがいっぱい出て来て圧倒される反面、羨ましい!悔しい!俺たちも出たいぜ!直訴しようぜ!てことになりまして。そのときの食堂ライヴの実行委員長がラヴラヴスパークの一志さんだったのです。

 

僕たちは自分たちの演奏を録音したカセットテープを持っていざ、緊張しつつも一志さんの元へ。

 

「あ、あの、これ、僕たちの演奏です!聴いてください。ぼ、僕たちも食堂ライブ、出さしてください!」

 

「え…、これ全部ジミヘンの曲?」

 

「あ、トム・ウェイツも入ってます!」

 

「あー…。悪いねんけど、あの、基本オリジナル曲のバンドに出てほしいんよね…」

 

「え、オリジナル…ですか?」

 

 

帰り道、コジロヲくんと木枯らしが吹く百万遍の交差点にて。

 

「なんやねん、アイツ。わかってへんなー。ジミヘンやのになー?」

 

「ほんまやで、ジミヘンめっちゃかっこいいのに。あいつ、なんもわかってへんわ」

 

なんもわかってなかったのは僕らでした。

 

「オリジナル、かー…」

 

 

 

(続く)