デビューから3年が経過。活動初期から打ち出した《髭ロック》を確立し、結実に至るのはこの年だろう。まさにバンドとしての絶頂期。梅田バナナホールで開催したワンマン・ライヴの模様を収録した初のライヴ盤『LIVE』の熱量がそれを物語っている。

 

 

『春一番2004』フライヤー

(5月3日出演)



 

 

 

 

6月10日、梅田バナナホールで開催したワンマン・ライヴ「KINKY KINGS TOUR 2004」の大阪公演は公開ライヴ・レコーディングを前提としたものだった。通称「ロクテンイチゼロ」と呼ばれている。公開録音ならではの緊張感、超満員だった会場の熱気、そして卓越した演奏と心が震える歌。浪花のザ・バンドここにあり、を証明してみせた。

 




チケット(上)

 

フライヤー裏面(右)にはメンバーがセレクトした上田正樹やザ・バンドなど【おすすめライヴ盤】が掲載

 



『LIVE』フライヤー

 


<見開き中面>



特典ステッカー


『LIVE』特典ポストカード



前年暮れにドラムの辻凡人が脱退を表明。道券慎太郎が後任ドラマーとし加入した。さらにバンド初の女性メンバーとなる浦朋恵がサックス/クラリネット/ボーカルで加入。新生ラリーパパの幕開けとなった。

 


『音楽感謝 vol.5』フライヤー

(6月5日出演)

 


 <裏面>



  シングル・リリース記念ワンマン・ライヴ

『風の丘・黒猫よ、待て!』フライヤー


  チケット予約特典として配布したCD-R

『Rare Track Series Good Times Roll Vol.2』


シングル『風の丘 / 黒猫よ、待て!』フライヤー


<裏面> コメント寄稿:長門芳郎氏


特典ステッカー





麻田浩、細野晴臣、小坂忠の三氏が発起人となって実現した『ハイドパーク・ミュージック・フェスティバル2005』。埼玉県狭山市の稲荷山公園=通称ハイドパークで2日間にわたって開催。70年代初頭、狭山の米軍ハウスで暮らした日本ロックのパイオニアたちと、彼らから多大な影響を受けたミュージシャンたちが一堂に会した野外イベント。


海外からはエリック・アンダースン、そしてこのイベントの翌日からジャパン・ツアーがスタートしたマーク・ベノが出演。このジャパン・ツアーのバックを務めたのはラリーパパである。




スチョリ、浦朋恵の脱退がありながらもバンドとしての活動を続けていくが、この年の7月に解散を発表。約6年の活動に終止符を"一旦"打つことになった。


解散前にリリースしたのが配信シングル『さよなら三角また来て四角/遠い記憶』である。「さよなら〜」はチョウ・ヒョンレの作詞作曲&ボーカル、一方の「遠い記憶」は水田十夢が作詞作曲、ボーカルは浦朋恵が担当している。イラストとデザインはチョウ・ヒョンレ。ジャケットは配信翌日に行なったライヴ会場限定リリースのCD-R。

 


寺田順三氏デザインのポストカード

 

 

 


 

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