今日は2日前に行けなかったウディ・ガスリー・センターに午前中から行くことになった。
実はウディ・ガスリー・センターは去年の春にできた新しい施設らしい。2日前の市内観光のとき、外観だけ見たのだけれども、これと言って真新しい感じはしなかった。赤レンガ調の古めかしい倉庫にも見えたので、それを聞いてむしろ意外に思ってしまった。車で市内にあるブレイディ・アート地区に着くと先日訪れたガスリー公園で催し物が行なわれていて、いろんな出店も並んで賑わっている。ウディ・ガスリーの誕生日が一昨日14日だったので3日目なのだろうか? えべっさんで言うところの残り福みたいな…ちがうか。
と、どうでもいいことを思いつつ、僕らはとなりにある古めかしい赤レンガ調のウディ・ガスリー・センターに入った。
本当に新しい施設なのか訝しむ僕は、中に入って合点がいった。確かに去年オープンしたばかりの真新しいモダンな内装、壁や床は傷一つ無く全くほころんでいなかったのを見ると何十年も経った施設では無い事は一目瞭然でわかった。なるほど、この施設けっこう金が掛かってる、などと邪推していると入った正面に入場受付があったので手続きを済ませ、受付を担当している黒人青年にジャッキーが気さくに挨拶して僕のことを紹介してくれた。
「彼は日本から来たキム。ベーシストなの」
「ジャ、ジャッキー!ギターだよ。ギター・プレイヤー!」
すかさず小声で訂正すると「あら!ゴメン、ギターだったわ」とちょっと慌てた様子で取り繕った。僕がタルサに着いて間もない時にジャッキーが「ロジャーがあなたのギター・プレイをとても気に入ってたわ」って言ってくれたのに…。
そんなちょっとした小競り合いをよそに受付の青年は「そんな遠いところから…。ようこそ!ウディ・ガスリー・センターへ!偉大なるウディ・ガスリーの展示、資料をゆっくりご覧になってください」と丁寧に言ってくれてるのだが、すごくノリノリだったのであたかも黒人ラッパーにしか見えなかった。彼も人種差別と闘ったガスリーをすごく尊敬しているらしく、はるばる日本から来た僕をすごく嬉しく思い、興奮しているとも言っていた。
受付から先にある階段を登ると資料展示場がある。まず目に飛びこんだのは生前ガスリーが愛用していたギターだった。彼はギター1本でアメリカ社会のありとあらゆる軋轢に立ち向かい、その中で苦しんでいる多くの人々の心の支えになり、そしてその心情を歌った。ロジャーもファーストの2曲目でガスリーの「オールド・クラックト・ルッキング・グラス」を歌っている。
歌の内容はというと、大恐慌時代、地方を転々とする男が行く先々で冷たくあしらわれ、遠く故郷に残してきた彼女を思い酒場の踊り子にその彼女の温もりを求め近づくのだがそれも叶わず、否応なしに孤独に苛まれるという内容である。
ロジャーとガスリーはある一点において共通している。
時代背景、状況はちがうが、両者共社会から疎外された人々の日常及び心情を吐露した歌が比重を占めていると思う。ロジャーのファーストが発売されたのは1971年、ヒッピー・ムーヴメントは終焉を迎え、ベトナム戦争も敗戦濃厚のアメリカでロジャーはその暗澹な社会で生きるアウトサイダーの現状を歌い上げている。僕はロジャーもガスリーもベクトルは同じ方向に向いているような気がする。ガスリーの遺伝子はしっかりとロジャーに受け継がれ、これからも時代を越え国を越えいろんな歌い手が世に生まれるのであろう。
僕らはウディ・ガスリー・センターを後にして、昼食がまだなので近くにあるメキシコ料理店に入った。やはり南部の人達はメキシコ料理が好きなのか店内は賑わっていた。お客の中に上がポロシャツ、下がスラックスのいかにもクールビズを決め込んだビジネスマン風の男が僕らのテーブルを横切った。
腰のベルトあたりに携帯ホルダーを携えていると思ったのだが、よく見ると拳銃だったのでジャッキーに思わず「ギャングかい?」と尋ねると「違うわよ。刑事よ」と言ったのでほっとしたヘタレの僕はトルティーヤを、今まさに口に頬張ろうとしていた。メキシコ料理を堪能した僕らはタルサ土産を買いにインディアン・ジュエリー店、ウォルマート、地元のスーパーなどに行き、夕食はザックと寿司を食べに行くということで一旦帰ることにした。
タルサは国道沿いにいろんな飲食店が並ぶ。タルサの人達は外食が好きだという。3人で行った寿司屋、ここでは寿司バーと呼ぶのだが握っている職人さんはみな東洋人ぽい、どちらかというと日本人にしか見えない人が握っている本格的な寿司バーだ。
ザックがいきなり「わさびくれ!」と言い出した。
寿司屋に来て最初にわさびを頼む人、初めて見た。
「俺はわさび大好物なんだよね」
自慢気にわさびを頬張ると嬉しそうな顔をして「キムもどうだい?」と言うので、多分日本のわさびより辛さは控えめなんだろうと高をくくった僕は多少多めに口に入れるのだが、日本で売っているのと何ら変わらず、少しばかしのたうち回った。
それを見て二人ともゲラゲラ笑った。なんて無邪気な人たちなんだ。ここに来て思ったのだが、会う人会う人みな無邪気で陽気だ。ロジャーもそうだったようにまるで子供のようにはしゃぐ。でも、なんだか人生をすごく楽しんでいるようにに思え羨ましく思った。
「キム、明日帰るんだったな。俺も3日後に帰るんだよ。また今度カリフォルニアにでも遊びに来いよ」
ザックが言ってくれた。
本当に嬉しかった。そう僕は明日、日本に帰るのである。
少しジャッキーの顔が寂しそうに見えた。